Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.58
日本緩和医療学会ニューズレター
Feb 2013  58
学会印象記
第36 回日本死の臨床研究会年次大会
釧路労災病院 看護部  神田 みゆき
 2012年11月3〜4日、第36回日本死の臨床研究会年次大会が「いのちの継承と再生」をテーマに京都で開催された。私はスピリチュアルケアやコミュニケーションに関する講演に興味を持ち参加したが、会場は立ち見が多く、新たに中継会場が用意される講演もあり、他の参加者にも関心が高い内容であると感じた。
 シンポジウム「死んだらどこに行くのでしょうね―患者さんの問いにどう応えますか」では、医師やチャプレン、僧侶のそれぞれの立場の関わり方について議論された。「死んだらどこに行くのでしょうね」という患者の問いはスピリチュアルペインの一つであること、それは相手を選んで発せられており、その問いかけから逃げないで関わることが期待されていることが話されていた。身体的症状が緩和されても決して病気が治ったわけではないため、今後自分がどうなっていくのか、どんな症状が出てくるのかと不安を抱える患者は多い。そのような患者に対して、何か良い返事をしなければ、何か良いケアをしなければと考え行動を起こしたくなるが、その場から逃げずにそばにいること自体がケアになると再認識した。自分の死を意識して心の叫びや問いかけをもつ患者と向き合い、傾聴することを通して患者の生きる意味を支える援助を実践していきたい。
 佐藤泰子先生による「人はなぜ悩む、楽になるとは―語りの本当の意味と医療者の立ち位置―」という講演は、バカボンのパパやドラえもんなど誰もが知っているアニメのキャラクターが登場し、「語る」ことや「聴く」ことについてわかりやすく引き込まれるような語り口で説明されていた。患者の語りは心の中の言語化以前の混沌とした体験を秩序立てた物語へ再構成する作業であり、聴くという援助は、患者が体験している物語を再構成する道程に同行する、寄り添うことであると話されていた。日常的に行っている「聴く」という援助が、患者の思考の整理の手助けになったり、スピリチュアルケアにつながっていることを再認識した。悪い知らせを受けた直後の患者は思考が混乱し、生きてきた意味は何だったのか、なぜこの自分なのか、などの苦しみをもっている。患者が語ることによって思考や気持ちが整理できるよう、私自身の聴くスキルを磨く必要があると感じた。
 今回の死の臨床研究会年次大会に参加して、スピリチュアルケアやコミュニケーションについて学ぶことができ、充実感があった。学んだことを臨床で活用し、患者・家族に寄り添うケアを行っていきたい。も多くの視点から「どうすればスピリチュアルケアは実現されるのか」を議論していました。本学会に参加し、さまざまな視点から死生を考えることを通して、「スピリチュアルケア」の初心に立ち戻り、何が大切なのか、何をすべきなのかを再考する機会を得たように感じました。

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