Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.57
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2012  57
市民公開講座
高齢者の看取りを考える 口から食べられなくなったらどうしますか
座長・報告  鳥取市立病院  田中 紀章
 今回の市民公開講座は演劇、詩の朗読、シンポジウムの3部構成である。前半の演劇と詩の朗読は後半のシンポジウムの主題の提示であり、また、そこで語られる人の「いのち」への視座を与える役割を担っている。
 「鳥の劇場」による「わが町」は、この意図によく応えた熱演であった。20世紀初頭の米国東部の小さな町を舞台に、一組の男女、それぞれの家族を中心に、日常の営みを描いた作品だが、舞台が終わると、ドラマ全体が一つの「いのち」のようなものとして思い出され、不思議な感動に包まれた。そして、岡川祐美子さんの詩、「灯り消すとき」の朗読が始まると、私たちは高齢化という21世紀の現実に引き戻された。数々の詩の多くは高齢者医療への問題提起だが、なかでも「あなたの言葉を」という詩は、胃瘻に繋がれた老婆の苦しみを描いて、「食べられなくなったら、あなたはどうしますか」と私たちに問いかける。
 最初のシンポジストは野の花診療所の徳永さん。ユーモアあふれる語り口だが、「いのち」の問題に悠長な私たちに厳しく問いかける。断食を続ける老婆と、毎日食事を運ぶその家族を例に、それぞれの思いを大切にし、その上で「いのち」に対し冷静になろうと呼びかける。節度を持った医療行動、胃瘻以前に戻ろうと呼びかける。その冷静さとは、ドラマ「わが町」に触発された気づきであり、「私」、「あなた」、「他者」の関係を超えた「0人称」の視座から「いのち」を見つめ、いのちを連環したものとしてとらえることである。
 さあ、こうして心の準備が整ったところで、朝日新聞社記者の寺崎さんからは、胃瘻をめぐる「患者・家族と医療者とのギャップ」について、患者・家族と医療者との中間的立場からのお話。胃瘻はこの10数年間で急速に普及したが、その間、介護保険制度の光と陰として、問題は技術的なものから倫理的なものへと変遷したこと、胃瘻の長期化に伴い「苦しみ」の問題が不釣り合いに大きくなり、胃瘻中止という選択肢を考えなければならなくなった経緯などがよく理解された。
 最後の演者は東京大学の会田さん。人のいのちが「ナラティブないのち」と「生物学的ないのち」から成っているとして、生物学的な延命を図って、人生の物語の貧困化を招くようなことがあってはならないと説く。そして、岡川さんの詩を引用して、長い人生の物語を生きてきて、・・・・もうこれでよい、満足だと思っている人に、「まだ生きられる、がんばれ、がんばれ」と言い続けるのかと疑問を呈す。だが、現実には様々な考え、思いがある。だから、冷静に対処するため、「患者・家族と医療者の共同の意思決定」プロセスを提唱されるのだが、寺崎さんも表現は違えど、同じ考えと思われた。

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