Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.56
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2012  56
学会印象記
台湾の緩和ケア見聞記
聖隷三方原病院 緩和支持治療科  森田 達也
 台湾の緩和医療学会に招いていただいたのでご報告をします。
 Taiwan Academy of Hospice Palliative Medicine(台湾安寧緩和医学学会)は2012年7月7日〜8日、(羽田からは3時間、浜松からは6時間の)台北で行われました。European Association of Palliative Careと同じように研究ミーティングと大会を分けていて、大会前日にInternational academic research workshopがありました。日本の緩和ケア研究の経緯について森田が講演をしましたところ、Family practiceと緩和ケアの距離が近いせいか「どのように在宅医療を進めていくか」「研究を進めていく熱意をどうもつか」「非がんの呼吸困難のエビデンスは」「輸液治療が生命予後に与える影響は」といった質問を熱く受けました。次に、台湾の次世代の旗手といわれている(らしい)Cheng(程)先生がインターネットでつないだ多施設研究の途中経過を報告しました(写真1)。台湾では国立台湾大学を中心とした研究がかなり行われており、現在、多施設研究を行っていくことにチャレンジしているということでした。次に、Hwang(黄)先生の指導のもとLiu(林)先生が全国レジストリの分析から終末期医療の実態を報告しました。日本と同じ国民皆保険の台湾では、患者の受診ごとに診療情報がデータベース化され研究者が連結不可能匿名化された状態で解析することができるとのことでした。
 翌日の大会では、アジアで最初に合法化された尊厳死法を受けて、「抜管するまでの症状緩和手順」(6時間前に何をどれだけ投与するなど)、「複雑性悲嘆の予防とケア」(サイコオンコロジーの方先生が講演されていました)、「国民にどのように啓発するか」(写真2)、「家族会議成功の要点」などの具体的な話題が取り上げられていました。前日のCheng先生の発表で、台湾では患者のautonomyがgood deathを予測する大きな要因であったが、韓国と日本では違うようだとの発表があり、「アジアひとくくり」ではないなと改めて思いました。
 最終日に国立台湾大学の緩和ケア病棟を訪問しました。印象的だったのは、「宗教師」(僧侶)のレジデンシープログラムがあり、多くの宗教師の方が研修中でした。構造化した記録用紙にアセスメントを記載しており、本当の意味はよくわかりませんが、見たところ、「無我」や「自在」の境地があるようでした。病棟のいたるところに仏像や患者さまが自分の菩提寺にお参りに行けた様子などがあり、明るくてあまり神妙でない(?)宗教師の方が多かったのが印象的でした(写真3)。クリスマスの時には僧衣のままクリスマス会をしているそうです!
 日程全体を通して、話や本では聞いていましたが、台湾の人たちの日本に対する「ウエルカム度」は感動するほどでした。国立大学の玄関にある軍服を着た(!)日本人の彫像を「この先生が病院を作ってくれた先生です」と紹介してくれたり…。夕ご飯の時にホストの黄先生のお母さん(83歳)がいらして日本の思い出話をしてくれたのですが「日本は道路も学校も病院もなかった時にすべて作って私たちを育ててくれた。だから日本に何かあれば助けるのは台湾の誇りだ」のようなことを(日本語で)おっしゃってくださいました。そういう文脈から地震の直後に最大の支援がなされたのもよくわかりました。なにごとも現象そのものよりもその背景というか経緯が大事だとつくづく思います。
 医療制度や国民性の非常によく似た台湾から日本が学ぶことは多くあり、長く続いているパートナーシップをさらに発展させてアジア地域の緩和ケアの推進に貢献できればと思います。日本がアジアの中で求められる役割を強く感じた4日間でした。

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