Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.56
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2012  56
特別講演
人間の往生〜看取りの医師が心がけていること〜
座長・報告  金城学院 学院長  柏木 哲夫
 大井玄先生は東大の医学部を出、数度のアメリカ留学を経験し、都立衛生研究所を経て、東大医学部衛生学助教授、帝京大公衆衛生学教授、東大医学部成人保健学教授を勤められた。77歳の現在、現役の医師として、終末期医療全般に関わっておられる。
 先生のご講演はご自身が臨床の場で経験されたことと、脳科学の知見とを統合されたもので、わかりやすく、かつ、啓蒙的であった。先生は最初に三つのことを話すと言われた。
 さわること、笑顔を見せること、相手の「意味の世界」に入ることである。
 1)さわること
 多くの認知症の人は、こちらがさわることによって、「つながりの感覚」を感じる。肩を抱くだけで泣き出した老女、じっと手を握っているだけで落ち着いてきたおじいさんなど、具体的な例が話された。
 2)笑顔を見せること
 ミラー細胞(物まね細胞)の話は聴衆の興味をそそった。赤ちゃんをあやしながら、親が舌を出すと、赤ちゃんも舌を出す。これはミラー細胞の働きによるという。同じような現象は認知症の老人にも見られる。こちらが笑顔で接すると相手も笑う。
 3)相手の「意味の世界」に入ること
 人や動物は過去の経験をもとにして行動する。縁側で主人が手をたたいたところ、鳥は逃げ、鯉は水面に集まり、お手伝いさんはお茶を持ってきたという。
 人は衰弱しても、認知症が進んでも、自分の「意味の世界」に住む。その世界では、決して自分の自尊心が傷つかないように解釈する。
 大井先生の認知症老人の作話の話は興味深かった。最近の出来事を記憶する能力が低下した場合、つじつまの合う話をしようとすれば、多少の作話が入るのは避けられない。その意味では、作話は環境世界に適応しようとする一つの努力とも解釈できる。大井先生はご自分の臨床体験の中から、老人のケアのポイントを具体的に話して下さった。先生の老人に対する「愛とおもいやり」が感じられるすばらしいご講演であった。

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