Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.55
日本緩和医療学会ニューズレター
May 2012  55
巻頭言
緩和医療学会の目指すところ
足利赤十字病院 緩和ケア内科  田村 洋一郎
 私たちは生まれたばかりの赤ちゃんを見たとき、たとえ他人の子でも温かな連帯感を抱く一方、臨終に立ち会ったとき、故人がどのような人であれ、ごくろうさまと心の中でつぶやき、頭を垂れて哀悼の意を表する。人間の死を不条理と認識しながらも、誕生から死に至る過程の各場面で「生への畏敬」(アルベルト・シュバイツァー)を実感することが緩和ケアの原点のように思われる。“Be There”(シシリー・ソンダース)をスローガンとするホスピス運動から出発した現代の緩和ケアは、今後どこを目指していくべきであろうか。
 ともすれば、「今の緩和ケアは病状を緩和することにのみ対応し、それが自己目的化しているのでは」「患者のnarrative が十分に汲み取られず、人間として当たり前の反応が無視されているのでは」「人間の生き方の問題が医療技術的問題にすりかえられているのでは」といった指摘がある。私たちはアンブロワーズ・パレの謙虚さを学ぶとともに緩和ケアが単なる癌治療技術だけではないことを再確認すべきであろう。
 ところで、私たちを取り巻く社会の有り様を眺めると、緩和ケアは生存していく上で最もつらく、きびしい状況にある人間とまさに直接対峙することから、自然科学ばかりでなく、社会科学、人文科学領域においても本学会が先導的役割を果たすよう広く社会から要請されているように感じられてしかたない。
 実際、社会から緩和ケアにかつてないほどの追い風が吹いている。しかしながら医療現場ではいまだ十分な成果を上げられていないように感じられる。何事にも道標は必要だが、「ハウツーものやあんちょこを提供することが科学に根差した学会の本分とは思えない」といった意見に同調し、本学会やその活動に対しても冷淡とは言わないまでも消極的態度を示す臨床医がいることも確かである。できるだけ多くの臨床医が関心を持ちたくなるような、支持せざるを得なくなるような緩和領域の研究が、今求められている。
 現実に、死が近づき生命の維持が困難になったとき、生体内でどのような出来事が起きているのだろうか。すべて生物は電子を捕獲することでエネルギーを得ているが、この仕組みは生命が誕生した38億年前から現在まで生命の本質的営みとして一貫して受け継がれている。私たちも高分子の栄養素を分解し、酸化させて電子を捕獲している。これを分子状酸素と結合するよう電子伝達系に沿って駆動させ、効率よくエネルギーを得ている。
 このエネルギーの流れは癌患者が最期を迎えるまでにどのように変化していくのだろうか。なぜ担癌宿主は異化が進行し、エネルギーの蓄積ができないのだろうか。果たして癌によってエネルギー代謝が破綻してしまう特有な病態が存在しているのだろうか。これら問題の科学的解明が待たれるところであるが、本学会が中心となり、緩和医学という研究分野で率先して取り組んでいきたい課題であるように思われる。

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