Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.54
日本緩和医療学会ニューズレター
Feb 2012  54
鼎談
コミュニティケアとしてのホスピスケア
座長・報告  青森慈恵会病院 緩和ケア科  小枝 淳一
 現在、日本でも大きな広がりを見せている在宅ホスピスについて先駆的な働きをしておられる高名な3名の先生方をお招きして鼎談をしていただいた。前もって抄録の掲載があったが、直前の打ち合わせ で、抄録とは関係なく各人の思いを好きなように話してくださるようお願いした。お三方とも今から20年ほど前に、患者を実際に一般病棟から自宅に帰した時の経験から、患者を支える場所が病院ではなく自宅である事に気付かれたようである。最近嬉しいことに緩和ケアを専門にしたいという若者が増えてきたが、がんの臨床経験を5年ぐらい積んでから来てほしいというのが一致した意見であった。ホスピスケアで患者の人生をみるためには人間力も必要であり、末永先生からは「医療の世界にどっぷり浸かっていたらだめだと思う。私はいろいろな職種の人との勉強会を1〜2か月に1回で継続している。人として何を求められているのかを知る機会になる。」というお話しが、内藤先生からは「いろいろな職種の人と付き合うことを大切にしている。プラネタリウムで星やオーロラを眺める会に患者会や市民を呼んでいるが、そこで私たちの命は137億年のかけらだということを知った。それから患者と向き合った時に肝が座るような気がする。」というお話しがあった。山崎先生は、学生から緩和ケア医になるためにどんな勉強をしたらいいかと聞かれた時、「1年ぐらい落第して、その間にいろいろな人と出会うのも良い。」と答えられ、「私は2年浪人して1年落第し、船で南極に行ったときにキューブラー・ロスの本に出会ったのがこの世界に入るきっかけになった」と続けられた。そのように、できるだけ多くのことを学んだ上で地域に出て、在宅ホスピスケアを展開していってほしいと私も思う。在宅だからこそできた思い出深い終生期のエピソードをそれぞれの先生方が披露されたが、どれも本当に興味深いエピソードであった。膵臓癌で腸閉塞を起こしかけ食べられなくなった患者の最後の望みが「美味い天ぷらが食べたい」ということであったので、蕎麦屋をしている友人に「これを食べたら死んでもいいっていう天ぷらを揚げて」と頼み、その患者を連れて行って一緒に食べたところ、「美味い!」と天ぷらを平らげた患者から「今日は俺がおごるよ」と言われてご馳走になった、という内藤先生のお話は私の顔を緩ませた。

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