Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.52
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2011  52
学会印象記
ロシア緩和ケア協会設立20周年記念国際会議に招待されて
千葉県立保健医療大学 健康科学部リハビリテーション学科  安部 能成
 去る6月7〜8日、ロシア共和国ペルム市で開催されたロシア緩和ケア協会設立20周年記念国際会議へ参加の機会に恵まれたので、ご報告申し上げたい。
 世界初の人工衛星を打ち上げた旧ソ連の伝統を受け、ロシアは有人宇宙船を飛ばすほどの技術力を持つ。他方、緩和ケアは決して進んでいない。今回の会議と施設見学からみて、日本の20年前の水準と推測した。たとえば、オピオイドはトラマドール中心で、モルヒネは1アンプル毎に資格を持つ医師の署名が必要、という制度的な問題がある(グラフ参照)。
 その理由の一端はロシアでの医師の処遇にある。休憩中、医師の給与が話題になった。日本の公立病院の部長クラス念頭に米ドル(約80円)換算で年収125,000ドルと答えた。ロシアについて問い返した所、あるロシア人の医師は、そっと右端のゼロを一つ消した。物価水準を勘案しても相当悪いようだ。
 これはロシアの緩和ケアにも影響している。先程モルヒネの使用が制限的と述べたが、その理由の一端はモルヒネの横流しにある。非合法は良い収入になるのである。これを当局も察知しているようで、先程のような制限に至っている。
 ペルム市初というホスピス病棟を見学した。清楚だが個室はなく、電動ベッドは一台も見なかった。入院患者と面会できたが、写真やビデオまで自由に撮影できたのには驚かされた。事前に許可あり、という説明はあったが、笑顔で応じてくれた患者のロシア語は全く理解できず、同行したポーランドの医師がロシア語で面接した。その際、入院費用無料、医師中心の職員は大変親切、私たちは幸せ、と通訳嬢の説明が英語であった。
 記念国際会議で発言した多くのロシア人がロシア語しか話さないのも今回の会議の特徴である。公用語は英語と事前アナウンスがあったが、大部分の音声はロシア語で、発表者が英語の場合のみ通訳があった。多数派の発表を医学生の通訳で部分的に聞かされるのみなので、お互いに質問が一切ない、不思議な会議であった。
 あたかも言葉で鎖国するような閉鎖性はロシアの特色の一つであり、事実上、異文化との交流を拒否している。今回の国際会議が首都モスクワでなく、地方都市であるペルム市で開催されたのも情報開示の問題であった。モスクワ大学の医師によると首都には9つのホスピスがあるが、どこも情報を公開しない。その意味ではペルムの方が進んでいる、と評価した。
 風味豊かなロシア料理、ロシア緩和ケア協会の温かい歓迎ぶり、熱心に働く医師の姿もみられた。しかし、お土産にいただいた緩和ケアの本はロシア初、と誇らしげに手渡されたが、300ページのうち英語で書かれた監修者の言葉1ページしか読めない。このような国にも緩和ケア先進国として日本からの援助があっても良いのではないか、という印象を強くして帰国の途についた。

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