Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.51
日本緩和医療学会ニューズレター
May 2011  51
巻頭言
今こそ、いのちのケアを
昭和大学医学部 医学教育推進室  高宮 有介
 巻頭言の依頼を受け、執筆中に東日本大震災が起こりました。皆様もご存じのように、地震だけでなく、津波、原発と相次ぎ、亡くなられた方々、行方不明の方々の数も日を追って増加し、戦後最大の災害となりました。言葉もなく、心を痛める毎日です。震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復興を願っています。
 日々の報道の中で次のような言葉が飛び込んできます。「なぜ、何も悪いことをしていないのに。」「なぜ、家族が死んでしまったのか。」「なぜ、助けられなかったのか。」「なぜ、私だけ生き残ったのか、申し訳ない。」等々。
 元々、巻頭言で伝えたかったメッセージは、二つ。“スピリチュアルケア”と“死から生といのちを考えること”でした。身体的な痛みを緩和する知識、技術も大切ですが、緩和ケアの本質には、この二つがあると思います。どちらも、明確に示すことのできないテーマですが、緩和ケアでは根源的な部分です。震災を通して、こう感じました。がん患者さんのみならず、震災で大きな心の傷を受けた方々の痛みでもあると。
 被災された方々は、身体的、心理社会的な痛みとともに、前述の言葉の如く人生への不条理や罪責感を感じつつ、「生きている意味や役割は何か」といったスピリチュアルペインが魂から湧いてくることでしょう。緩和ケアに携わってきた私達が、援助できる機会でもあります。安易に励まさず、相手の訴えを傾聴する。この姿勢を多くの医療者、市民にも伝えていく必要があります。
 また、緩和ケアに携わる医療者は、患者さんの死に向き合う中で、患者さんから、“死は全ての人に訪れること”、そして、“死までの時間を誰とどのように過ごしていくかが大切”という真理を教えられます。今回の震災で、「物や家は無くなったが、いのちがあってよかった。」「死って、すぐそこにあるのだ。誰が先かはわからない。」と言ったフレーズを耳にします。死を遠ざけていた日本人が、死を通して、生やいのちの大切さを考える切っ掛けかもしれません。
 英国ホスピスの研修時にまず伝えられたこと。“Not doing, But being”何かをすることではなく、そばにいること。もちろん、震災では、救援物資や食糧を送るdoingが最優先です。それと同時に、傍らにいること、ひとりじゃないというbeingを伝えることも重要です。メールやツイッターを通して、日本中からの応援が被災した方々に届けられています。ただ、見捨てない、見放さないという形だけでなく、被災した方々自身がそれを実感できるように行動していく時です。まさにいのちをケアすることだと思います。
 最近の日本では?自殺者の急増や孤独死、無縁社会などが多く報道されてきました。一方、この災害は心を引き裂くような事象ではありますが、日本に元々あった「絆」も叫ばれ始めています。この場でYouTubeの動画を紹介するのは不適切かもしれませんが、私自身も勇気付けられた動画でしたので掲載をお許し頂ければ幸いです。男性が最後に語る「また、復興しましょう」には力をもらいました。「Pray for Japan 地震で生まれた 心に残るつぶやき」 http://www.youtube.com/watch?v=ycRxtWHXOFA。そして、世界の人達も日本への祈りを届けてくれています。
(We Are The World,Pray for Japan http://www.youtube.com/user/311prayforjapan)
 今こそ、医療者として、ひとりの人として、いのちのケアを発信し、つなげていく時だと確信しています。

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