Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.50
日本緩和医療学会ニューズレター
Feb 2011  50
学会印象記
日本放射線腫瘍学会第23回学術大会
君津中央病院放射線治療科  清水 わか子
 2010年11月18日(木曜日)〜20日(土曜日)に千葉県浦安市のディズニーランドに隣接した東京ベイ舞浜ホテルクラブリゾートで日本放射線腫瘍学会第23回学術大会が開催された。当日は天候に恵まれ、ラフな格好で楽しげな観光の人々に混じって場にそぐわないスーツ姿で乗ったモノレールの車中では思わずため息が出てしまった。
 当学会は日本における放射線腫瘍学全体を取り扱うメインの学会である。
 緩和医療において放射線治療は症状制御の手段として重要な役割を持つことには論を待たないであろうし、その点は多くの放射線腫瘍医にも認識されている。それは、この数年間の学会の教育講演や夏に行われるセミナーで「緩和医療」あるいは「緩和的放射線治療」というタイトルで緩和医療にかかわる項目が取り上げられる頻度が極めて高くなっているという状況からも推測される。
 一方で、トレンドとして「とりあえず」「緩和医療でも入れておこうか」という風潮も少なくないのではないかと危惧される面もある。今回の学術大会でも「要望演題」として「緩和医療」というセッションがあり、一般公募があったが、演題数はわずかに3題であった。筆者自身も日本緩和医療学会で活動させていただいているにもかかわらず、「緩和医療関連」と当初募集された演題のコンセプトがわからず、応募しなかった。また、PEACE-projectで指導者研修会に参加されている放射線腫瘍医でもこのセッションには演題を出していなかったようである。出された3題のうち、有痛性骨転移への放射線治療による除痛効果の経時的変化を検討した山形大学放射線科からの発表で、線量の中央値が46Gyと通常の「教科書的な」骨転移に対する30Gy/10回よりかなり多かったのが印象的であった。ある程度局所を制御することや放射線治療の有害事象の軽減を考えたためと推測されるが、痛みの変化を放射線腫瘍医が経時的に追跡したという点でも緩和医療に対する意識の高さが感じられた。
 プログラム的には、同時間帯に、現状で多くの緩和的放射線治療に関わっている地域の基幹病院の放射線腫瘍医の一人医長のセッションが開催されていた。この一人医長のセッション責任者であった市立長浜病院放射線科の伏木先生は、緩和医療でも活躍されていたが、結果的には「緩和医療」のセッションには全く関われない状況であった。
 放射線治療を取り巻く現状はかなり厳しく、緩和医療と同様に慢性的なマンパワーの不足という問題を抱えている。治療施設の半数近くが専従医1名という「一人医長」体制となっているだけでなく、放射線治療の専従医が不在で非常勤医師が放射線治療を行っている施設が珍しくない。さらに患者数の増加や採算性の改善のための高精度治療の導入によって業務内容は質も量も増すばかりである。緩和医療に積極的に関わることの必要性は少なからぬ放射線腫瘍医が認識しているものの、現実には対応できないというジレンマを抱えていることも多い。その上、基本的に学会の運営や学術大会のプログラム作成などに、地域の基幹病院の放射線腫瘍医の一人医長の関わる比率は大変少なく、放射線治療のメインストリームからは、「緩和医療」と「放射線治療」の関わりの本質的なところが認識されにくくなっているように見受けられる。平成19年のがん対策基本法施行以来、ともにトレンドに乗ったという感のある「緩和医療」と「放射線治療」である。患者の適切なQOLの維持・向上を図り、患者・家族の「生」を支えるには両者の質の高い協働が不可欠であるが、現状では多大なる困難があることを実感させられた。
 いくつかの問題解決の糸口も見つけられた。放射線治療認定看護師制度が始まって看護の視点からの発表があったことや会場にリンパ浮腫対策の情報を提供している民間団体がブースを開設していたことなどである。「個」のレベルでは、放射線治療の現場で緩和医療との良好な関わりのための努力が行われている。今後は、一人医長の横の連携を作り、トレンドで終わらせるのではなく、「がん診療の礎」としての放射線治療と緩和医療の良好な関係を「現場からの発信」という形で大きなものにしていくことの必要性を痛感した。

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