Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.48
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2010  48
Current Insight
WHO 除痛ラダーの誤解を正す:
“眠れない痛みを訴える進行膵がん患者 の治療”の調査から
加藤佳子1) 2), 加藤 滉3), 山川真由美2), 横尾倫子2), 川村博司4)
1) 三友堂病院 緩和ケア科
2) 山形大学医学部附属病院 麻酔科
3) 三友堂病院 麻酔科
4) 三友堂病院 外科

 がん対策基本法が2007年に制定され,適切な緩和ケアに対する期待が大きくなっている。しかし,がん疼痛治療の基本である“WHO方式がん疼痛治療法(以下,WHO方式)”1),とくに「除痛ラダー」に関して,正しく理解していないと考えられる事態が進行している。2008年春に行われた「医師国家試験対応プレ公開模擬試験問題(以下, 模試問題)」2)や2008年度から始まった「がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会(以下,緩和ケア研修会)」の教材“PEACE(Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education)”3)の一部に誤りが見られる。両者ともに,がん疼痛治療に際して「痛みの強さに応じた薬剤を選択する」として,「非オピオイド鎮痛薬をまず投与する」と述べている。これは,WHO方式が示す除痛ラダーの誤った解釈に基づく。“By the ladder(除痛ラダーにそって効力の順に)”とは,鎮痛薬を除痛ラダーにしたがって“順次選択していく”ことである1)。痛みが強くない時は非オピオイド鎮痛薬を使い,痛みが軽度から中等度の場合はコデイン等のオピオイドを,痛みが中等度から高度な時にはモルヒネ等のオピオイドを選択するのである4, 5)。日本緩和医療学会が作成したPEACE教材3)の制作者らは,「初学者は疼痛の強さを判断できないことが多い」ことを危惧して,上記の誤った内容としたようであるが,この誤りは看過できない。このような危惧がないように,学会が間違いのない教材を準備し広報するべきである。
 筆者らが医師を対象に行った「痛みの強さの診断/鎮痛薬の選択」についての調査結果を報告し,この問題に対する意見を述べる。
調査の方法:
2009年1月から3月までの間に,がん症例検討会およびがんと痛み治療に関する研修会に参加した医師(主に山形県内の病院勤務医)199人を対象に,WHO方式がん疼痛治療法について出題された「模試問題」2)を回答してもらった。あわせて,WHO方式と三段階除痛ラダーの理解程度について,4つの回答肢(よく知っている・だいたい知っている・少し知っている・知らない)から自分自身のレベルを示す項目を選んでもらった。
─模試問題─
70歳の男性。4か月前から食欲不振, 体重減少および背部痛があった。これらの症状が次第に悪化したため来院した。腹部のCT画像検査で,多数の肝転移を伴う切除不能の膵癌と診断された。背部の疼痛が著しく,眠れない。
血液所見:赤血球380万,白血球2800,血小板8万 血清生化学所見:総蛋白 5.8g/dl,アルブミン 2.8g/dl,尿素窒素 25mg/dl,総ビリルビン 3.5mg/dl まず行う処置はどれか:a経過観察 b非ステロイド性抗炎症薬 cリン酸コデイン dモルヒネ e肝切除術
結果:
 1)199人全員が薬による疼痛治療を選択した。経過観察や肝切除術を選択した医師はいなかった。本症例は切除不能の膵がんで,“背部の疼痛著しく夜眠れない”,すなわち中等度以上の著しい痛みを訴えている。WHO方式三段階除痛ラダーに則れば,モルヒネが正回答となる。
 2)64%の医師がモルヒネ(d)と回答した。非ステロイド性抗炎症薬(b)は33%,リン酸コデイン(c)は3%であった。モルヒネを選択した回答には医師の勤務場所によって50?80%と差があり(表、p<0.01)、大学病院の医師が最も高率であった。
 3)WHO方式ならびに三段階除痛ラダーの理解程度は,半数以上が「よく知っている」「だいたい知っている」を選択した(WHO方式53%,除痛ラダー55%)。 しかし, 理解の程度と鎮痛薬選択の間に関連を見いだせなかった。

  非ステロイド性
抗炎症薬
コデイン モルヒネ
199 66(33.2%) 6(3.0%) 127(63.8%)
大学病院 74 15(20.3) 0 59(79.7)
一般病院 13 4(30.8) 0 9(69.2)
ペインクリニック地方会 32 13(40.6) 3(9.4) 16(50.5)
がん疼痛治療研修会 80 34(42.5) 3(3.8) 43(53.8)

考察:
 切除不能な膵がんの患者が夜も眠れない痛みを訴えた場合,この痛みの程度は「中等度?高度」と診断できる。したがって、WHO方式三段階除痛ラダーに則れば,治療薬としてモルヒネなどのオピオイドを用いるのが正回答である。今回の調査対象である医師全員(199人)が薬による疼痛治療を選び,64%はモルヒネを選択した。これは,がんの痛みとWHO方式に対する知識がかなり浸透していることを表している。ただし,医師の勤務場所によってモルヒネとする正回答率に50〜80%と差が見られ,WHO方式ならびに除痛ラダーの理解程度と鎮痛薬選択の間には関連を見いだせなかったという事実は,WHO方式の理解が不十分であるか不正確であることを示唆している。一方,この模試の出題者は,「眠れないほどの激しい痛みを放置してはおけない」と解説しながら,模範解答で非ステロイド性抗炎症薬(非オピオイド鎮痛薬の一部)を選択するという正しくない回答を示している2)。また,PEACEの教材でも「非オピオイド鎮痛薬をまず投与する」とある3)ように,教育する側でも「WHO方式」の正確な理解が乏しいと言わざるをえない。WHO方式がん疼痛治療法の作成者である武田文和氏は,原書を通読していないと思われる曲解ないし誤解に対して強く是正を促し,“by the ladderとは....いつも必ず第1段階からはじめるのではなく,痛みの強さに応じてどの段階の薬からはじめてもよい。「必ず第1段階から」「痛みの強さも把握できない医師だから第1段階からはじめるべき」などの言葉が曲解を招き,初心者を惑わせてしまう”と述べている6)。
 「がん性疼痛緩和指導管理料」の算定にあたって,「...WHO方式のがん性疼痛の治療法(がんの痛みからの解放?WHO方式がん疼痛治療法?第2版)に従って」各種の治療を行うことが必要とされている。しかし,緩和ケア研修会で使用されている“PEACE”の教材では,WHO方式とは異なり“非オピオイド鎮痛薬をまず投与する”という内容となっており3),この研修を受けた医師がそのままの内容で患者の痛みを治療した場合,「がん性疼痛緩和指導管理料」の算定基準を満たしていないことになる。何よりも,がん患者の激しい痛みをいたずらに長引かせる結果になるであろう。
 緩和ケア研修会には,WHO方式三段階除痛ラダーに則って「痛みの強さを正しく診断して適切な鎮痛薬を使用できる」医師を養成する役割がある。夜眠れない痛みや仕事ができないほどの痛みは,中等度以上の痛みである。この場合はモルヒネなどの「中等度から高度の痛みに用いるオピオイド」を使って,早く確実に患者を痛みから解放しなければならない。がんの痛みに対しては,鎮痛薬を除痛ラダーにしたがって「順次選択していく」のであって,いつも第一段階の薬から「順番に使って行く」のではない。がん診療に携わる医師が適切な鎮痛薬を選択できるように,研修会の指導者自身がWHO方式ならびに三段階除痛ラダーを正しく理解した上で教育することが重要であり,学会は間違いのない教材を準備すべきである。
 武田文和先生から貴重なご助言をいただきました。深謝いたします。
 本文の主旨は,第14回日本緩和医療学会学術大会(大阪市2009.6)において, 一般演題“医師は「WHO除痛ラダー」を正しく理解しているか?”として発表した。
引用文献
1)世界保健機関編, 武田文和訳:がんの痛みからの解放─WHO方式がん疼痛治療法─第2版(第11刷).金原出版, 東京, 2008
2)加藤佳子,他:「WHO方式がん疼痛治療法」を全文読んで正しく理解しよう!─医師国家試験対応2008年度春のプレ公開模擬試験問題に物申す─.第18回山形県緩和医療研究会口演, 山形市,2008年9月
3)日本緩和医療学会 http://www.jspm-peace.jp/pdfdownload.php
4)武田文和,小林正幸:がんの痛みに強オピオイド鎮痛薬を使い始めるとき.がん患者と対症療法 2009;14 (No2) : 24-28.
5)加藤佳子, 他:WHO方式がん疼痛治療の基礎と実際.臨床麻酔 2004; 28 (増) : 423-433.
6)武田文和:WHO方式がん疼痛治療法の“by the ladder”をめぐる曲解.がん患者と対症療法 2009; 20 (No1) : 60-62.

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