Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.48
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2010  48
シンポジウム5
こころを支える
座長・演者・報告
独立行政法人国立がん研究センター中央病院 看護部 リエゾン精神専門看護師
梅澤 志乃
座長  名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学/
名古屋市立大学病院 こころの医療センター
明智 龍男
 シンポジウム5「こころを支える」の発表の概要および会場で交わされた討議について、ご紹介させていただきます。
 本シンポジウムでは、緩和ケアの現場で遭遇することの多い難しい事例への対応やケアの在り方を、2つの仮想事例を元に、精神腫瘍医、臨床心理士、精神看護専門看護師の各種専門家の立場から議論していくことを通して、緩和ケアに従事する医療者が患者のこころを支える際に現場で感じている困難に具体的に対処する一助となることを目的としました。 当日は5人の演者を迎え、名古屋市立大学の明智龍男先生と筆者で司会を担当しました。
 仮想事例としては、病棟看護師が困難を感じるケースとして『怒りの事例:看護師に怒りを向ける患者のケース』を国立がん研究センター中央病院の山岸恵先生より、緩和ケア医が困難を感じるケースとして『否認の事例:実現困難と考えられる歩行が可能となることを望んだケース』を国立がん研究センター東病院の松本禎久先生より、ご提示いただきました。
 『怒り』の事例は、抗がん治療の継続が難しく症状緩和を優先とした治療へ変更することを告知された患者が、看護師に激しい怒りをぶつけたケースでした。看護師側に「患者と関わりたくない」といった拒否感や、「何もしてあげられない」といった無力感が生じたことを踏まえ、このような怒りをどう理解したらいいのか、怒りをどこまで受け入れたらいいのか、どのようなコミュニケーションが患者の苦痛緩和につながったか、看護師の困惑・疲弊している状況を緩和するにはどうしたらいいか、といった問題提起がされました。
 『否認』の事例は、病状が進行するにつれて歩行に対する非現実的な希望を表出するようになった患者が、そのままでは今後の療養に支障をきたすと医療チームより判断され、苦渋の選択として担当医より歩行が難しいことを伝えられたところ、激しい反応を示したケースでした。背景には否認が働いていることが推測されましたが、この状態をどう評価し、どのように対応することが適切であっただろうかという問題提起がされました。
 各ケースに対し、まずは精神腫瘍医の立場より、埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の大西秀樹先生が、『怒り』および 『否認』の定義、有病率、アセスメントのポイント、鑑別診断、そして具体的な関わり方に至るまで、親しみやすい口調でお話下さいました。起こっている精神症状の背景にある問題を探求し原因を把握することで、患者を深く理解し適切な治療的介入につながることが分かりました。
 次に、臨床心理士の立場より、群馬県立がんセンター精神腫瘍科・総合相談支援センターの大庭章先生が、『怒り』および『否認』を呈した患者とのコミュニケーションのとり方について明快に説明して下さいました。精神症状の背景にある問題を把握した上で、患者とのコミュニケーションをどうしたらよいかについて段階的に示していただき、とても理解しやすく臨床に即使用できる内容と感じました。
 そして最後に、精神看護専門看護師の立場より、『怒り』の事例に関しては東京大学医学部附属病院の中嶋須磨子先生が、『否認』の事例に関しては筆者が、それぞれお話させていただきました。医療者への支援という視点を踏まえ、医療者自身が無理することなく、患者を支え続けるためには、患者の心理を理解した上でベストなケアに尽くすことと同時に、医療者自身のケアを行うことも大切であることを強調させていただきました。
 これらの発表を元にフロアの参加者と討議を行いました。フロアからの意見としては、ご自身が体験されたケースを振り返り、行ってきた対応が間違いではなかったことを確認できたという方がおられました。また、緩和ケア病棟に入院されてきた患者の場合、情報の少ない中でどうやって精神症状を査定したらよいかという質問がありました。これに対しては、終末期がん患者には『怒り』や『否認』といった精神症状が存在するという前提で、関わりをはじめることが必要なのではないかという座長の明智先生からのコメントがありました。最後に、患者の“歩きたい”という発言は、“生きたい”の裏返しであり、否認だけで患者を理解してもよいのだろうかという疑問が投げかけられました。ご意見の通り、患者の心理は複雑であり、否認だけで単純に理解できない場合もありますし、医療者の関わりにも答えはないと思います。しかしながら、今回のシンポジウムで交わされたサイコオンコロジー領域の専門家からの発表やフロアとの討議が、参加者の皆様の日々の臨床における患者理解やケアに少しでも役に立てばと願ってやみません。
 演者の先生方、参加者の皆様に感謝してこの文章を終えたいと思います。

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