Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.46
日本緩和医療学会ニューズレター
Feb 2010  46
書評
「幸福な死を迎えたい」
下稲葉康之 著
千葉県立保健医療大学  安部能成
 本書は、いわゆる緩和医療の技術書ではない。緩和医療の原点となったホスピス・ケアを28年間、北九州の地で積み重ねてきた著者は「現実に死が避けられないとするなら、それでは、どうしたら幸福な死が迎えられるのか」という根源的な問いに応えようと、真摯な歩みを綴っている。
本学会の会長を務められた柏木哲夫先生は、淀川キリスト教病院のホスピスで2500人を看取られた、と本書の序文で披瀝されている。著者の下稲葉康之先生はホスピス医として栄光病院ホスピスで4800人と関わられたという(本書序文より)。この一文からも、その経歴の程度を推し量ることができよう。
 近年、good death(良き死)ということが緩和医療の世界で言われ、そのような論文も散見される。しかし、死を良し悪しでとらえるのではなく、幸福であったか否かでとらえることも、重要な視点であると思われる。その意味で、本書は緩和医療を再検討し、より善き治療を考えるのに好都合なヒントを多数与えてくれる。
 本書の組み立ては、豊かな生 豊かな死、「幸福な死を迎えたい」、福音こそ神の力、病める人に仕えるには、「不惜身命」の思いで、の5部構成となっており、キリスト教思想が大きなうねりのように出てくる。我々の日常と不可分の、緩和ケアの出発点となったホスピスという考え方、その実践の基盤となった哲学を我々は回避することはできないだろう。逆にいえば、日常避けてしまいがちな問題について、包み隠さず俎上に載せてみよう、という、しなやかな強さが表れている。
 好むと好まざるとに拘わらず、時には技術書から離れて、必ずしも宗教学の書ではないが、このような魂の言葉に触れてみることも良いことなのではないか、と感じた。
 確かに、本書には命の言葉が書かれているのだが、読者諸氏には、ぜひとも多数配された写真にご注目頂きたい。そこに登場する人々の表情に、その人数や配置に、そして、反対側にいてシャッターを押した人が、どのような思いで、その場面を写真に納めようと考えたか、に思いをはせるとき、本書の持つ真の豊かさに触れる可能性は、飛躍的に高まるはずである。


いのちのことば社 2009年9月16日発行 1,050円

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