Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.44
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2009  44
プレナリーセッション2
世界各地における緩和ケアの現状と課題
座長・報告  大阪大学大学院医学系研究科 緩和医療学  恒藤 暁
大阪大学大学院医学系研究科 看護実践開発科学講座  荒尾 晴惠
 本セッションでは、ヨーロッパ緩和ケア協会会長のLukas Radbruch教授、アジア太平洋ホスピス緩和ケア協会会長のYoung Seon Hong教授、オーストラリア緩和ケア協会会長を務める看護職のMargaret O'Connor教授にそれぞれの地域での緩和ケアの現状および課題と取り組みについて講演をいただいた。セッションのねらいは世界、地域の現状と課題を分かち合うことで、参加者自身が我が国や自施設の緩和ケアの実践の現状と課題を認識し、さらなる緩和ケアの発展を目指すというものであった。
 Radbruch教授は、SWOT(強みStrengths、弱みWeaknesses、機会Opportunities、脅威Threats)分析1)の枠組みを用いて、世界の緩和ケアの現状と課題を発表された。強みとして、世界や地域の緩和ケアの組織を通じて、国家間、大陸間の意見交換や経験の共有、資源を共有・普及していくことが可能であると述べられた。弱みについては、各国での緩和ケアに関する法律が変わったとしても現状がすぐに変化するわけではなく、緩和ケアの専門家育成、緩和ケアへのアスセスのしやすさなど質の高いケアを提供するために克服すべき点があると指摘された。機会をどのように利用するかでは、西洋と東洋の文化的背景や価値観の相違などを例にあげ、これらの背景を理解して緩和ケアを促進していくことについて述べられた。そして、緩和ケアの定義を明確にされた後、脅威について、多くの国で安楽死や医師による自殺幇助の法制化が議論されていることやベルギーでは緩和ケア専門家が、緩和ケアプログラムに安楽死を組み込むことを主張していると述べられた。以上の分析から、長所は増えている半面、依然として大きな短所が残り新たな問題も生じていると指摘された。しかし、緩和ケア専門家が、世界、国、地域レベルで協力、交流していくことで、これらの問題や短所を克服し、緩和ケアを新たな段階へと導くことができると述べられた。
 次にHong教授は、韓国における緩和ケアの現状と課題について発表された。韓国ではがんによる死亡が死因のトップであること、病院での死亡が毎年徐々に増加し、2006年には60%に達していること、死亡前2ヶ月間の医療費が全医療費の50%を上回っているにもかかわらず、その期間の症状マネジメントは不十分で、十分な疼痛管理を受けているのは半数程度である。また、ホスピス緩和ケアは韓国のがん対策基本法の一部としてのみ法制化されており、独立法としてのホスピス法については韓国国会で検討されているものの、審議中であると現状について述べられた。このような現状から、法制化の前に、ホスピス緩和ケア病棟の定義や、施設ホスピスケアの基準、人員配置などを整備すること、ホスピスシステムの公的なモデルを作ること、ホスピスムーブメントを起こすこと、さらに、財政面でも検討する必要性があることなどを述べられた。最後に韓国政府保健・福祉・家族省の取り組みとして、登録されたホスピス・緩和ケア病棟に対しての継続的な財政支援についてパイロットスタディを行う予定であることを紹介された。
 O'Connor教授は、オーストラリアの緩和ケアの現状と課題について述べられた。オーストラリアの医療制度では、早期から死にゆく人々への特別な制度が存在し過去30年間で、終末期患者に対するより積極的なケアの体制が登場し、現在は地域医療を含めて様々な緩和ケアの模範となる体制や方法がオーストラリア全土にあると紹介された。
 また、近年のオーストラリア緩和ケア協会の活動は、オーストラリアで死にゆく全ての人に専門的な緩和ケアを提供することは不可能であり、全ての人が専門的な緩和ケアを必要とするわけではないという前提に基づいて活動していると述べられた。緩和ケアはプライマリケア従事者が習得すべきものであり、全ての死にゆく人に「緩和的アプローチ」を用いたケアが必要というものである。そして、必要時に専門的緩和ケアを提供することを提言しているということであった。つまり、緩和ケアの専門家だけが緩和ケアを提供するのではなく、すべてのプリマリケアの従事者が緩和的なアプローチができることを目指しているのである。そのために協会は、能力強化のコースを設けたり、一般の人々へのアプローチを行っている。その上で、自分たちがケアを受けることを考えた課題について述べられた。
 講演後のディスカッションでは、各演者に個人、組織、地域のチャレンジ、世界の課題について質問があった。個人のチャレンジは、演者の背景をふまえた事柄であったが、組織のチャレンジでは、緩和ケアのモデル作成すること、ケアの質を向上させること、ケア提供者の育成などの共通点があった。また地域のチャレンジでは、他国とのミーティング、各国の政府からの資金調達、安楽死などがあがった。世界の課題は、他国との共同が必要であるとの共通の認識があった。
 そのほか、日本が世界、地域の緩和ケアの発展のためできることは何かという質問に対して、国際的なネットワークでの日本の活躍に期待するコメントがあった。
 日本緩和医療学会は、2009年度に専門医認定制度を導入するが、一方で緩和ケアは専門医のみでなくすべての医師が行えるものとする必要性も認識しており、そのバランスをどのようにとっていくかは課題となっている。また、緩和ケアにおける積極的治療の意思決定のためのガイドライン作成や在宅緩和ケアの推進も課題となっていることである。
 これら数々の課題に取り組むにあたっては、世界各地の緩和ケア専門家との協働や意見交換が重要であり、そのプロセスをとおして課題に取り組む糸口がつかめてくることを本セッションから学ぶことができた。

1)注:目標を達成するために意思決定を必要としている組織や個人の、プロジェクトやビジネスなどにおける、強み (Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats) を評価するのに用いられる戦略計画ツールの一つ

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