Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.42
日本緩和医療学会ニューズレター
Feb 2009  42
Current Insight
新たな学際領域としての緩和医療学
岡山大学大学院保健学研究科  斎藤信也
 学問諸領域では、その専門性を同じくする学者・研究者が集まって学会をつくり、学会誌を発行することが普通である。研究の成果は学会誌に投稿され、ピアレビュー(同僚による評価)の結果、公表する価値があると判断されれば、その論文が掲載され、学会の共有の財産としてその学問分野の発展に役立つことになる。専門性というのはこのように、仲間内での相互評価を基盤としていることから、そこに独特の作法が生じるのはある意味当然である。こうした作法をdisciplineと称する。学際的とはinterdisciplinaryが正確な訳であろうが、multi-disciplinaryと訳されることも多いように、こうしたお作法の違う各専門分野の集まった学問領域という捉え方ができる。
 分かり切ったことをくどくどと書き連ねているのは、まさにこの緩和医療学会がそうした学際領域のための集まりであり、学会誌の編集のお手伝いをしていると、否応なく学問の専門性と学際性という問題につきあたるからである。例えば、症例報告という形式の論文が医師以外の専門職から投稿されることが少なくないが、それに対して、医学系の査読者は「通常そういう用語は使わない。」とか「症例報告の形式に則っていない。」とコメントを返すことが多い。しかし最近、それはある一つの作法の押しつけではないかという気がしているのである。もちろん医療の場においてはチームのリーダーシップは医師が取ることが多く、共通言語としての医学用語、医学の考え方をある程度共有しないことにはチーム医療は行えない。だがそのことがそのまま、他の学問領域も医学という学問のお作法に倣わなければならないということに直結するとは思われない。
 チーム医療では、それぞれの専門職のバックグランドに敬意を払いつつ、自分の専門性を発揮して患者さんのために協働するというアプローチが可能であるが、もし「緩和医療学」という学問領域があるとすれば、それは、医学、看護学、薬学、心理学、栄養学、リハビリテーション学、社会福祉学等の単なる集合体ではないはずである。相互の学問領域に対する理解と尊重は必要だが、ただそれぞれの学問領域がその独自性を主張しているだけでは、こうした学際領域の研究分野の発展性は乏しい。またその学会誌は、本来の専門分野の雑誌に掲載されなかった論文のセカンド・ターゲットになってしまう恐れもある。
 学際性と専門性の対立は、緩和医療学に限らず昨今の大学改革の嵐の中で至るところで生じている。これは、学問というものの根本にかかわる非常に難しい問題でもある。こと緩和医療学に限定しても、その学際性を確立するには、おそらく気の長い作業になると予測されるが、ここまでは緩和医療という分野の共通の作法、ここからはそれぞれのdisciplineに従ってもお互いに許容しあおうという、すり合わせが要求されよう。ここでいう共通の作法とは医学の作法そのものでないことは言うまでもない。また例えば看護学領域で多用される質的研究に対して、どうしてもなじめない他の領域の学会員もいるかもしれないが、そうした違和感を解決するための方法として、単にそれぞれの専門領域に対する相互理解、相互尊重といった協調のレベルにとどまるのではなく、こうした研究手法も包含した緩和医療学という学問分野を丁寧に育ててゆく努力が必要になってくると思われる。
 アメリカ社会はかつて、人種の「メルティング・ポット(るつぼ)」と呼ばれたが、現在は人種の「サラダ・ボール」の方が望ましい呼称らしい。全ての金属が溶け合って、新たな合金になる必要はないが、サラダの野菜たちが、それぞれの個性を発揮しつつ、しかし「トマトはトマト、ブロッコリーはブロッコリーとして別々に食べるより、ドレッシングをかけて一緒に食べた方が美味しいね。」というのが、学際的研究の一つの理想ではないだろうか。その喩えでゆけば、サラダがより美味しくなるドレッシングを追求するのが「緩和医療学会」の役目の一つかも知れない。

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