Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.41
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2008  41
シンポジウム6

終末期医療における臨床倫理:こんな時どう考える?

座長・報告 筑波メディカルセンター病院  緩和医療科 志真泰夫
座長 聖隷三方原病院 緩和支持治療科 森田達也
 臨床倫理とは、臨床における治療の選択や意思決定の問題を主な対象とし、方法としては個別事例に即した検討を行うことによって、患者・家族にとって最善の決定を導くことを目的としている。このシンポジウムの目的は、緩和ケアにおける「鎮静」や輸液を中止するか否かなど「治療の差し控えや中止」を臨床倫理の視点からどのように考えていくか、仮想症例を通して検討していくプロセスを学ぶことであった。


症例1 輸液の減量・中止:家族内の意向が異なる場合
 まず、森田達也氏が終末期の輸液をテーマに、50歳代女性、卵巣がん、癌性腹膜炎、肺転移の症例を提示した。患者は1週間前より腹水が悪化し、意識混濁のため明確な意思表示ができなくなった。医療者は苦痛緩和の立場から、輸液の継続による腹水・呼吸困難の悪化が考えられるため、減量を考える時期だと判断し家族に相談した。娘・息子は「いままでがんばってきたから少しでも点滴をつづけてほしい」と希望している。夫は「がんばってきたから苦しくなるなら止めてもらってもいい」といっている。池永昌之氏は医師の立場から、まず家族の延命と苦痛緩和の葛藤への配慮が重要だと述べた。家族の共通の望みとして「できるだけ長生きしてほしい」「苦しめたくはない」という思いが葛藤している。したがって、苦痛緩和のための手段をとるときは、それによって患者の命を縮めることはないことを、しっかりと家族に説明する必要がある、と指摘した。そして、輸液を継続することのデメリット・メリットを次のように整理した。デメリット:輸液の継続により、症状(腹水・呼吸困難)が悪化する可能性がある。さらに、夫の意思が尊重されない。メリット:息子・娘の希望は尊重される。二見典子氏は看護師の立場から、家族それぞれの、現在に至るまでの妻・母に対する思いを聴くこと、患者(妻・母)は、今の状況であったら何をして欲しいと思うか、そして、可能であれば一緒にケアをする。患者(妻・母)へのケアの多様性を知ってもらい、患者の体の様子を一緒に知ることが大切だと具体的な対応を示した。明智龍男氏は精神科医の立場から、がん患者の家族には13〜27%の精神症状の有病率が認められる、と指摘した。そして、家族の言葉の意味を理解することが重要であると述べた。「点滴を減らすことで何かご心配なことがありますか?」「命が短くなったり、栄養が足りなかったり、苦しさが強くなると思われていませんか?」「以前、点滴をして楽になった経験がおありですか?」「ご家族も大変な気持ちの負担を経験されることが多いのですが、お気持ちはいかがですか?」すなわち、家族の言葉の背景にあるものを理解して、意思決定における家族間の意見の相異、ギャップの解決を援助する必要があると述べた。清水哲郎氏は、まず、三人のシンポジストが「倫理」ということばを一度も使わずに臨床倫理の問題を見事に解明した、と指摘した。そして、臨床倫理の立場から清水氏は医師が患者・家族に伝える情報を日常生活レベルのことばで「輸液を従来量で継続したら生命を長く保てるのか,腹水・呼吸困難が悪化する恐れはどうなのか,減量・中止したらどうなのか、をすべて患者・家族にわかるように整理して伝え患者・家族の理解や意向を聞き取ることが重要になる」と述べた。
 また,このケースの場合,「妻(母)がこれまでがんばってきた」という家族の共通の認識にもかかわらず,それぞれの姿勢の違いが合意を妨げている。「まずは輸液減量・中止が余命を縮めない,本人の苦痛を少なくするというポイントを明確に説明し,娘と息子に状況認識を正確にしてもらうことが望ましい。その上で子供たちのなかに潜在しているであろう,母を喪失することへの不安と怖れが,自分たちにとって良いことを求める姿勢から母にとって最善であることを求める姿勢になることが期待される。こうしたコミュニケーションをとっていく過程で夫の考えも整理されるではないか」と述べた。


症例2 精神的苦悩に対する鎮静:持続的鎮静と間歇的鎮静
  次に、50歳代男性、腎臓がん、胸椎転移による下肢麻痺の症例が提示された。今回の入院の2年前に腎摘出術を受けた。3ヶ月前に背部痛、下肢の運動障害で受診・入院。胸椎転移と診断され、後方固定、放射線治療を受けたが、下肢麻痺は進行。2ヶ月前から緩和ケア病棟に入院を繰り返しながら自宅療養、1ヶ月前から自宅での介護が困難となり、緩和ケア病棟に入院している。
  今回の入院から、「自分が生きる価値だと思っていた仕事もできず、自分で自分のことすらできない。家族に負担をかけている。自分には遣り残したことがなく、このまま生きていてもつらい。本当は安楽死をさせてほしいが、むりならずっと眠らせてほしい」と求めるようになった。食事摂取は比較的保たれ,病状変化は月単位、生命予後は1〜2か月程度以上あると推測された。
 池永氏はまず,苦痛緩和は意識レベルや身体機能に与える影響が最も少ない方法を優先すべきであり,一般的には間欠的鎮静や浅い鎮静を優先し,十分な効果が得られない場合にのみ持続的で深い鎮静を考慮すべきだと述べた。実際,わが国の鎮静の現状に関する緩和ケア病棟担当医師に対する調査結果によると,36%の医師がこのような“心理社会的な苦痛”に対して持続的な深い鎮静を行った経験がある(心理社会的苦痛のみを訴えた症例では1%)とされているが,大部分が生命予後3週間未満の患者に対して行われていた。 池永氏はまず医師として患者が訴える苦痛がスピリチュアルペインなのか、抑うつか、を見極めることが重要になると指摘した。また、池永氏はこのケースについては「意識レベルを低下させてその後のコミュニケーションが困難になることを考えると持続的鎮痛は推奨できない。精神科医等適切な専門家にコンサルテーションを行い,家族の思いを患者に伝えるよう援助すべきである。必要ならば間欠的鎮痛を行い,繰り返し患者の苦痛の程度を評価していくべき事例だろう」とした。
 二見氏は,『力づけたり,支えたり,勇気づけたりすることも“安楽”であり,安楽になるためには喪失の苦しみを認め,防御や免疫性の限界を受け入れなければならない』というBennerの言葉を紹介した。症例が呈示された範囲では家族の意向が不明だが,「患者・家族の喪失のプロセスと悲嘆を知り,患者と家族の関係性やお互いを大切にしたいと思っていることを考慮する必要がある。もちろん,患者の下半身麻痺に伴う不快感、喪失感や合併症に対するリスクを最小限にするケアも重要である」と述べた。
 明智氏は,『ずっと眠らせてほしい』という訴えが意味することを患者とともに医療者は検討すべきだと話した。「本当は助けを求めているのかもしれないし,患者が認識している医学的状況は正確でないかもしれない。家族が重荷に感じているのは思い過ごしの可能性も強いし,遺言や葬儀の準備のことを指摘したら済ませておくべきことがあることに気づくかもしれない」という。さらに,この患者の自責感と希死念慮からうつ病であることも想定すべきだと話す。うつ病の存在は意思決定に重大な影響を及ぼすため,精神状態を適切に評価することも大切となると指摘した。
 清水氏は臨床倫理の観点からすると、この症例の場合、持続的な鎮静を行ったとき苦痛からは解放されるが,生命予後からみてまだ十分可能な人間として普通の生活はできなくなる。間欠的鎮静を試した場合は、しばらくの間は苦痛から解放されるが、人間として普通の生活を放棄することになる。また、間欠的鎮静の場合は覚醒後に再び生きる気持ちになる可能性もある。むしろ精神的苦痛に対する通常のケアを強化した場合、人間的な生活を続けながら最期の時を過ごせるかもしれない。しかし、そのケアの効果がなかった場合,辛い精神的な苦痛を抱えたまま生活を送ることになる。これらのメリット・デメリットをわかりやすく整理し、患者と家族の理解と意向を確認していく必要がある、と述べた。
  この症例で清水氏が考える最善の判断は,「精神的苦痛を緩和する方法が持続的鎮痛以外にないと判断できない以上,患者の希望を一度留保しコミュニケーションを通じて,本人が残された時間を積極的に生きたいと思うことを期待すべき事例だろう。ただ,事態の進行によっては一時的な鎮静によって精神的な苦痛を除去することはありうるのではないか」と述べた。さらに、患者と医療側との合意を妨げている要因を検討することも重要であると指摘した。患者に自分がいなくなった後、家族に対する責任を問いかけることが前向きな姿勢につながる可能性、生を放棄することで強い生き方を見出そうとしている可能性に対して、死を選ぶことが本当に強い生き方か、を問うことで患者の意思が変わる可能性もあると述べた。

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