Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.40
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2008  40
会長講演
がん緩和医療の変遷とこれから 〜患者から学ぶことの大切さ〜
座長・報告 日本対がん協会 垣添 忠生
演者 静岡県立静岡がんセンター 緩和医療科 安達 勇
 安達勇先生は、中国長春市で生まれ、中学まで同市で過ごした。従って中国語が堪能で、中国からの研修生と自由に対話しておられる姿を何度も拝見したことがある。また、米国9.11の世界貿易センタービルに対するテロが勃発した時、米国ホスピス見学旅行でニューヨークを訪問中だった安達先生は、数百メートルの間近でこの大事件を経験された。
印象的なエピソードを二つ記したが、安達先生は新潟大学医学部御卒業後、国立がんセンターに30年、そして新設された静岡県立静岡がんセンターに7年、計40年近く、がん診療の現場に携わってこられた超ベテラン医師といえる。乳がんの化学療法から緩和医療に入られ、国立がんセンターの緩和ケアチームを立ち上げられ、静岡県立がんセンターに移られてからは緩和医療一筋に膨大な活動を展開、静岡県立がんセンターの一つの特徴を形成することに大きく貢献された。
 安達会長の第13回日本緩和医療学会の会長講演は、この豊富な臨床体験に根ざした全面展開だった。まず「ホスピスケアから緩和医療への変遷」から開始された。ホスピスの起源としてフランス・リヨンのオテル・デュ(神の宿)から説き起こして、シシリー・ソンダースの聖クリストファーホスピス、エリザベス・キューブラー・ロスによる「死ぬ瞬間」、さらにマザー・テレサの「死を待つ人の家」などに言及された。1975年頃からホスピス活動から緩和医療への概念がどのように変わっていったか、を簡潔に貴重な映像を交えて話された。
 次に「日本における緩和医療ケアとがん診療の変遷」と題して、日本の緩和ケアの歴史的発展を、やはり多くの映像を交えて紹介された。日本緩和医療学会の若い会員は御存知ないかも知れない創生期の方々の活動から、現在に至る発展が紹介された。この間のがん診断と治療の進歩を簡潔に触れられ、拡大治療から機能温存、縮小治療などの流れを紹介された。また、緩和ケアへの保健医療行政上の加算の変遷、病院死と在宅死の関係、都道府県別緩和ケア病床数の格差の現状にまで言及された。
 今回の第13回日本緩和医療学会は静岡がんセンターの総力を挙げて開催されたが、静岡県のがん緩和ケアの実情の紹介もなされた。静岡がんセンターの緩和ケア病棟、緩和ケア外来の活動はほぼ飽和状態にあり、今後の発展に向けて地域との連携、患者家族の意識変革の必要性などを考察された。
 最後に「がん緩和ケアを担う医療者」と題して患者さんの視点からの緩和ケア、全人的医療の重要性に言及された。緩和ケアに入った患者さんの望みは、「延命」と「普通の生活」であって、それをいかに保障するか、それを妨げる要因としての格差の問題に触れられた。
 緩和とは、「ヒトの心がわかる心、技」であり、謙虚に柔軟に患者さんの声を聴き、行動する必要がある、ことを強調して話を終えられた。立派な会長講演だった。

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