Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.38
日本緩和医療学会ニューズレター
Feb 2008  38
書評
こころに寄り添う 緩和ケア病いと向きあう「いのち」の時間
井西庸子、太田直子、佐々木常雄著、赤穂理絵、奥村茉莉子編
東京:新曜社、2008年1月7日発行、ISBN: 978-4-7885-1082-1
山口大学大学院医学系研究科医療環境学  谷田憲俊
 「かえって、わからなくなった。」 これは、臨床倫理に関するセミナー、ワークショップなどで研修した参加者から、よく聞かれる感想です。本書をお読みになった方からも、同じような感想が聞かれるかもしれません。そして、臨床倫理の研修を受けた参加者がその熱気から落ち着いたころ、臨床で倫理課題を有する患者に出会ったときに、研修の成果が自然に現れるように、本書を読まれるあなたにはあなたを必要とする患者に向きあうことができていると思います。
 本書は、第T部「緩和ケアにおける精神的・心理的課題」、第U部「一般病棟における緩和ケアの実際―事例をとおして」、第V部「関連する話題」がそれぞれ4章立て、終章「がん患者の生と死を見つめて―二十一世紀死生学」、及び村瀬嘉代子さんの「看取るこころと看取られるこころ」で成っています。著者の背景は、都立駒込病院の神経科、臨床心理、がん化学療法科と、いわば一般病院において緩和ケアに携わるチームメンバーです。
 「かえって、わからなくなった」になる可能性があるとしたのは、本書は「こうしなさい」「こうすべきである」と命令しているわけではないからです。しかし、随所に「こういった方法もあるのでは」という具体的な提案があります。例えば第T部第一章「『深い悲しみ』と抑うつ」では、著者は「積極的に『尋ねる』姿勢をもつことが何より重要」と、緩和ケアにおいての鍵を示します。次の第二章は「『悪い知らせ』をめぐって」ですが、私はその場面こそ「尋ねる」ことが必要と思います。描かれている「受け入れられない患者さん」は、病院の性格のためなのでしょうか。たぶん、ホスピスとは異なる対応が医療者に求められているのでしょう。悩みながら対応しなければならない一般の医療現場に大いに参考になります。
 その「告知」が随所で取り上げられています。思い出すのは、1990年の日本医師会生命倫理懇談会の「がん告知4条件」です。その最悪の提案は、「告知後の身体的、精神面でのケアができる」という条件でした。「死に逝く人を前に、精神面でのケアができる」ことを条件にするとは、文字どおり告知を躊躇させるものでした。これを読むごとに「『私たちをケアする』なんて、医療者のおごりだ」という患者さんからの言葉を想起させられます。そんな生命倫理懇談会の姿勢の対極にあるのが本書です。さまざまなニーズをもつ事例に直面して悩みながら歩んでいく姿は、同様の悩みを抱える医療者をほっとさせるものです。
 ただ、私には2点、指摘したいことがあります。一つは、「(家族から)患者にはどうしても告知しないでほしい」と言われたときの対応です。私は、「あなた方の意向は尊重します。しかし、ご本人から要請されたら正直に応えます」とお断りして、家族の意向には沿いません。それによってさまざまな軋轢が生じますが、適切な対応で乗り切れます。著者たちには経験を生かしてそこまで踏み込んで、そんな場合の対応のこつなども示してほしいと感じました。また対話の方法では、かつて教えられていた「『がんなのですか?』と尋ねられたら、『どうしてそう思うのですか?』と応えなさい」ではない、適切なコミュニケーション法も示してほしかった。「どうして?」「なぜ?」は追求の言葉です。患者さんや家族にはそういった追求の言葉を使わないで尋ねられるのがコミュニケーション技能です。
 もっとも、こういった点も含めて、豊富な事例を経験に即して描いている本書から多くのヒントが得られ、読者は十分に満足されるでしょう。終章「がん患者の生と死を見つめて」と「看取るこころと看取られるこころ」からは、これは例外なく全てが経験する自分の将来のことであると思いをはせることになります。この点、がんにかかっても人に相違ないという観点もあり、私も著者と同じく「ギアチェンジ」という言葉にどうしても馴染めません。その大きな課題も含めて、私の書評より本書をお読みいただくことが何よりです。緩和ケアというだけでなく、人の心に応えたいあなたに是非とも奨めたい一冊です。

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