Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.33
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2006  33
シンポジウム3
わかりあうケア(コミュニケーション)
シンポジスト : 国立がんセンター東病院  藤森麻衣子
ピースハウス病院  二見典子
昭和大学横浜北部病院  高宮有介
神戸女学院大学  内田 樹
座長 : 六甲病院  安保博文
聖路加国際病院  中村めぐみ
 緩和医療の場では、お互い相手にとってつらい情報のやり取りが行われることがしばしばある(「もう死なせてください」「月単位の余命かもしれません」「あなたには私の気持ちはわからない」etc.)。しかし、医師の高宮氏が述べられたように、つらいコミュニケーションの中でも、“わかりあえたかもしれない”と感じられた瞬間の暖かさに自らも癒される思いをし、そのために緩和ケアの仕事に携わり続けている医療者は少なくないだろう。ケアすることがケアされることに変わる。コミュニケーションの不思議さである。
 神戸女学院大学文学部の内田氏は、「あなた」と「私」がいて、その二人が「コミュニケーションする」という図式で考えることが間違いであると指摘された。癒す側の私がいて、癒される側のあなたがいて、ではない。私とあなたを含むもの、コミュニケーションによって生じたあなたと私を含む新たな構造体ともいうべきもの、それによって人は癒されるのだと述べられた。
 そうしたコミュニケーションを成立させるためにはどうすればよいのか。ピースハウスホスピス看護師の二見氏は、相手をわかろうとして関わること、相手のために願い続けること、そのプロセスこそが「わかりあうケア」なのではないかと話された。
 恋愛の場面で見られるように、お互いに「あなたのことがもっと知りたい」ときにコミュニケ−ションは始まり、「あなたのことはよくわかった」と宣言したときにコミュニケーションは終わる。臨床心理士の藤森氏はアンケート調査から患者さんたちが「気持ちを察してほしい」と望んでいることを指摘されたが、私たちは簡単に患者さんの気持ちを察したつもり、わかったつもりになるのではなく、「あなたのことがもっと知りたい」と望み続けることが重要だろう。
(報告 : 六甲病院 安保博文)

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