Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.33
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2006  33
特別講演
東洋におけるケアの視点
演者 : 国際看護師協会(ICN)会長  南 裕子
座長・報告 : 兵庫県立大学 看護学部  内布敦子
 第11回日本緩和医療学会総会2日目の6月24日に、南裕子国際看護師協会長による「東洋におけるケアの視点」をテーマに特別講演があった。講演を聴いて、西洋医学の方法論に埋没せず世界観を広く持ってケアの世界をみれば、緩和医療の可能性はもっと広がるのではないかと勇気づけられた。以下、講演の概要をご紹介する。
 南先生は、「これまで私達は欧米から学ぶことに熱心だったが、アジアから看護の知識を発信してこなかったのではないか」と述べられ、まず、ケアとキュアと人間の健康、生活、環境との関係について解説された。褥創にたとえると患部である褥創そのものに薬剤などを使って働きかけるのはキュアであり、栄養状態やベッドなど「褥創にとっての環境」を改善して本来の治癒力が最大限に発揮できるように整えるのがケアである。医療というものはキュアとケアの両方があってはじめて成り立つとして、在宅で終末期を迎えた方が孫と笑顔で過ごす場面を、キュアとケアを実現することによって得られる人間の潜在的な力の典型例として提示して下さった。
 アジア諸国では看護も医学も西欧の影響を強く受けて発展してきた。奨学金制度や留学によって西欧の看護や医学を学んだ人達が本国に戻って指導的立場をとってきた。南先生自身も留学生としてそのような役割を取られたが、アジアが持っている何か違うものをいつも感じておられたという。2001年に中国の看護学者王春生氏の講演「中医整体看護の体系化」で出会い、東洋の視点に気付くと共に、同じくアジアの看護研究者である陳氏の「人間は統一された有機体であって、自然の一部であり、四診によって得た情報を八綱弁証によって判断する」という考え方が、すでにアジアの国から東洋の視点として発信され始めていることを述べられた。
 我々緩和医療に携わるものは、死をさけて生を得るという考え方では医療の提供が破綻することを実感して知っている。陰と陽は対局にありながら同時に存在するという東洋のものの見方は非常に興味深く、生の対局として死を捉えるのではなく、一人の人間のなかにいつも生と死があるという考え方に立つ。このような考え方に立てば、より豊かな終末期をサポートできるのではないかと感じたのは私だけではないと思う。
 さらに南先生は、福沢諭吉の「世話の字の義」や人間を理解する4つの解(体解、感解、理解、意解)など東洋的なものの見方を示すいくつかの先人の書物を示され、evidence basedというけれど、データだけでは説明できない智恵を私達はたくさん持っており、何を持ってevidenceなのかよく考えてみることを提案された。南先生の示唆に富んだご講演は、複雑で困難な問題に直面する多くの緩和医療従事者の共感を得たものと思われる。
 南先生に改めて、ご講演の感謝を申し上げたいと思います。

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