Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.33
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2006  33
巻頭言
今私たちにできること
筑波大学人間総合科学研究科・教育研修委員会 委員長  木澤義之
はじめに
 がん対策基本法の成立に伴い、緩和医療の世界に追い風が吹いている。がん診療連携拠点病院の整備が今後数年で急速に行われ、各病院に緩和ケアの実施と地域の視点に立ったがん療養体制の整備が義務づけられる。加えて、わが国は今後数十年間、未曾有の速さで高齢化が進むことが予想されており、この10年で国民総死亡は現在の約1.5倍の約150万人になると推定されている。つまり、国民におけるニーズは今後高まることが予想され、加えて、国の政策がそれを後押ししているという状況である。私たちの目標は、治癒が困難な病気に罹患した患者とその家族のQOLの改善であり、その実現のためにはまたとないきっかけとなるであろう。しかしながら、準備なしにこの風に立ち向かうことは難しい。風は強風で、うまく風をつかまなければ、かえって乱気流に飲み込まれ失速してしまうことにもなりかねない。この機会を借りて、現在の緩和医療の現状と問題点、今後の課題を、私なりに整理してみようと思う。

緩和医療の現状
 わが国の緩和医療は、緩和ケア病棟の発達とともに普及し発展してきた。制度も診療報酬上の保証もない時代に、この新しい分野を切り開いて来られた柏木哲夫先生をはじめとする先達方には、いつも頭が下がる思いである。緩和ケア病棟利用者の全がん死亡に占める割合は約5%となっており、年々増加しつつある。また、緩和ケアチームによるコンサルテーション診療も徐々に発達しつつあり、現在把握しうる限りでは、100を超えるコンサルテーションチームが活動を行っている(うち約50チームが診療報酬加算を算定)。しかしながら、これらの施設で診療している患者数は多く見積もっても全がん患者の10%程度であり、かつ、多くの場合、亡くなる前の数ヶ月の診療を行っているにすぎない。ましてや、緩和ケアの対象は、本来がん患者だけでなく全ての生命の危険のある病気に罹患した患者とその家族であるので、その普及の点から考えて現状は決して満足のいくものではない。

緩和医療の問題点
 現在の緩和医療の問題点を整理すると、大きく分けて3つのカテゴリーをあげることができる。それは、緩和ケアの量的不足、量的保証の不十分、緩和医療に対するバリアー(心理的障壁)である。それぞれについて、その問題点の概要と対応策について述べてみたい。

(1)緩和医療の量的不足
前述したとおり、緩和医療のカバー率は非常に低く、量的不足は明らかである。平成15年に厚生労働省が行った終末期医療に関する意識調査によれば、自分が治癒が難しい疾患にかかり、予後6ヶ月と診断された場合、何らかの形で緩和ケア病棟で過ごしたいと答えた患者は約半数となっている。この調査は質問が曖昧で、緩和医療のコンサルテーション診療、地域における緩和医療の提供が想定されていないため、正確な緩和ケアニーズを把握したものとは考えられないが、ある程度の目安にはなる。国民にいつでもどこでも緩和医療を提供するためには、今後さらに正確な緩和ケアのニーズの把握とその提供に必要な施設やコンサルテーションチーム、地域ケアのリソースの量を推定し、政策に生かしている必要があるであろう。また、緩和ケアチームの診療は、病棟や外来にとどまらず、地域全体を把握することが必要であると考えられ、在宅支援診療所や地域中核病院を対象とした地域緩和ケアチーム(いつでも、施設外からのコンサルテーションに対応し、必要に応じて往診等もでき、地域全体の緩和ケアを統括するチーム)が作成され、診療報酬も得られるように努力するべきであろう。

(2)緩和医療の質的保証が十分でない
ホスピス・緩和ケア病棟においても、また、緩和ケアチームによるコンサルテーションにおいても、その提供されている緩和ケアの質は十分に評価され、標準化されているとはいえない。このままでは、国民に質の高い緩和医療を等しく提供することは難しい状況である。この問題に対して、日本ホスピス緩和ケア協会と日本医療機能評価機構が中心となって医療機能評価の緩和ケアモジュールが作成され、全国のホスピス・緩和ケア病棟に普及しつつある。また、森田先生、平井先生、宮下先生が中心となって緩和ケアのアウトカム評価として遺族調査、プロセス評価としてCES(Care Evaluation Scale)が開発され、その臨床および研究に対する応用が始まろうとしている。今後は、このような動きに加え、在宅緩和ケアや緩和ケアチームの質の指標(Quality Indicator)の開発、アウトカム評価、プロセス評価等が必要なほか、標準的な一般医療従事者、腫瘍医、緩和医療専門医に対する教育プログラムの開発と実践が必要となるであろう。また、緩和医療専門医に関していえば、専門医制度の設立も課題になるであろう。

(3)緩和医療を受けることに対するバリアが存在する
『緩和医療=死ぬことを意味する』というイメージはまだまだ根強い。このイメージが緩和医療への医師の紹介のバリアを高くし、また、国民の心理的バリアになっていることを私たちは強く認識しなければならない。終末期や臨死期のケアは緩和医療の重要な一部分であるが、我々の目指すものはあくまでQOLの向上であることを私たちの同僚に、そして一般市民に伝えていく必要がある。そのためには、緩和ケアチームやホスピス緩和ケア病棟の医療はできる限りevidence-basedで、他者からの評価に耐えられるものでなくてはならない。いつもこのことを忘れずに、日常の診療にあたる必要がある。このような立場に立つと、自分たちの自己証明のため、つまり、緩和医療の有効性を証明するための臨床研究も私たちがやらなければならない大きな課題であろう。

今私たちにできること
 上記のように、緩和医療の問題点はまさに山積している。そして、今まさに風をつかんで大きく前に進む必要がある。そのためには、まず、今後3年、5年、10年後の短期、中期、長期目標を慎重かつ迅速に立て、その目標に日付を入れ、具体的なアクションプランを立てることが急務であると考えている。そのためには、日本緩和医療学会、日本ホスピス緩和ケア協会等、諸団体が組織の枠を越えて協働しあい、また役割分担をし、各組織がそれぞれ全力を挙げて自分たちがどこに行こうとしているのかを明確にし、前に進まなければならない。本学会でも、先日行われた理事会でこのことが議題として取り上げられ、インタレストグループが作成されることが決定された。今後、ニューズレターや評議委員会、理事会を通じて本件が論議されるものと思われ、会員の皆様の盛んなご議論をいただくとともに、少しでも目の前の患者・家族に対するケアが向上し、『いつでも、どこでも、安心して緩和医療が受けられる』ことを実現できるよう、一層の努力をしていきたいと考えている。

Close