Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.32
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2006  32
Journal Club
Phase II study of donepezil in irradiated brain tumor patients: effect on cognitive function, mood, and quality of life
名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学
名古屋市立大学病院 こころの医療センター  明智龍男
Phase II study of donepezil in irradiated brain tumor patients: effect on cognitive function, mood, and quality of life
Shaw EG, et al. J Clin Oncology 24: 1415-1420, 2006

背景と目的
 原発性および転移性脳腫瘍、そしてこれらに対する放射線を含む治療に起因する認知機能障害がかなりの頻度でみられることが知られており、10%の患者は進行性の認知症になり、鋭敏な認知機能検査では50-90%に機能障害が観察されることが知られている。さらにこれら認知機能障害は、しばしば苦痛を伴う感情状態やQOL低下に関連することが報告されている。しかし、現時点において、これら認知機能障害に対する治療法および予防法として確立された方法は存在しない。
 臨床的、放射線画像上、そして一部病理学的に、放射線治療に伴って生じる障害とアルツハイマー病には幾つかの類似点が存在する。例えば、アルツハイマー病の画像所見として観察される白質変化(脱髄)、脳血流や代謝の低下、N-アセチルアスパラギン酸の低下などは、放射線治療によって生じる所見と類似している。現在、アルツハイマー病の治療薬として開発され、広く使用されている薬剤としてコリン系の神経伝達を改善するアセチルコリンエステラーゼ阻害薬があり、ドネペジルはその中で最も繁用されているものである。さらに、動物実験の結果から、放射線照射を受けたマウスは、コリンアセチルトランスフェレース、アセチルコリンの双方が低下していることが示唆されている。
 以上のような先行知見から、今回、脳腫瘍に対して放射線治療を受けた患者の認知機能、感情状態およびQOLに対してのドネペジルの有用性を検討するための、前向きオープン第II相試験を施行した。
方法
 適格条件:18歳以上、推定予後30週以上、原発性/転移性脳腫瘍に対する放射線治療を受けて6ヶ月以上経過、過去3ヶ月以内に画像上、腫瘍の進行が認められないもの、ステロイドの量が一定あるいは減量中のもの。すべての患者にインフォームドコンセントを行った。
 治療:ドネペジル5mg/日を6週間投与後、NCI Common Toxicity Criteriaでグレード3以上の有害事象が発生しなければ、10mg/日に増量し、引き続き18週間投与した(計24週間)。その後、6週間かけてウオッシュアウトを行った。
 アウトカム評価:主要評価項目は認知機能。全般的な認知機能としてMini-Mental State Examination、注意・集中力としてTrail Making Test Part-A、Digit Span Test、視覚構成能力としてRevised Rey-Osterrieth Complex Figure Test、言語流暢性としてControlled Oral Word Association Test、実行機能としてTrail Making Test Part-B、言語記憶としてCalifornia Verbal Learning Test-II、描画記憶としてRevised Rey-Osterrieth Complex Figure Testを施行した。
 QOLはFunctional Assessment of Cancer Therapy-Brain (FACT-Br)で、感情状態はProfile of Mood States (POMS:下位尺度に、抑うつ、不安、怒り、混乱、倦怠感、活気)で評価した。
 研究デザイン:第II相のオープン試験。アウトカム評価は、ベースライン、6週後、12週後、24週後(治療終了後)および30週後(ウオッシュアウト)に行った。30週後の時点でドネペジルを再開可とした。
 今回は、ベースラインと24週後の比較データを報告した。検定の多重性を考慮し、P<0.01を有意とした。
結果
 35人の患者が参加した(23名が神経膠腫、4名が髄膜腫、7名が他の組織型、1名が転移性脳腫瘍)。11名が24週までに研究を辞退した(5名が腫瘍の進行、1名が吐き気、2名が服薬不遵守、3名は不明)。24人の患者(年齢中央値 45歳、女性が46%)が24週後の時点において研究に継続参加しており、すべてのアウトカム評価を施行可能であった。これら24人は、すべて原発性の脳腫瘍の患者であった。
 ベースラインと24週後のスコアを比較すると、注意/集中力、言語性記憶、描画性記憶で有意な改善がみられ、言語流暢性に有意な改善傾向がみられた。感情状態に関しては、混乱に有意な改善が認められ、倦怠感と怒りに改善傾向が示された。同様にQOLにも有意な改善が認められ、脳腫瘍に対しての懸念が有意に改善し、感情的側面と社会機能において改善傾向がみられた。
 6週間のウオッシュアウトを完遂した21名の患者は、認知機能、QOL、感情状態に悪化が認められたが、統計学的な有意差は認められなかった。最も頻度が高い有害事象は倦怠感(11名、すべてグレード1)であった。有害事象のため治療中止にいたった症例は1名であった。研究を完遂した21名のうち10名が、30週後の時点で、ドネペジルの再開を選択した。
考察
 放射線照射を受けた脳腫瘍の患者の認知機能、QOLを改善するために使用された最初の薬物はメチルフェニデートであるが、本研究はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬の有用性を検討したはじめての研究である。本研究では、24週間にわたるドネペジルの投与で認知機能、感情およびQOLが改善し、毒性も低かった。
 現在、ドネペジルの有用性を検証するために、二重盲検化、プラセボ対照の第III相試験を計画中である。
コメント
 ドネペジルは、現時点においては、わが国で唯一、アルツハイマー病に対する適応を有している薬物である。ドネペジルの作用機序は、アセチルコリンエステラーゼを阻害することにより、アセチルコリンの血中濃度を高めることにあると考えられている。がん医療の領域では、その他、オピオイドに伴うせん妄に対しても有用性を示唆する報告が散見されるなど、神経伝達物質アセチルコリンの関与が想定されている諸種の病態での有用性の検証がはじまりつつあるといえよう。
 本研究は、医療の現場では看過されがちである患者の認知機能に焦点をあてた貴重な報告である。よくデザインされており、結果も今後に期待を抱かせるものであった。著者らが計画しているという無作為化比較試験の結果が待たれるところである。

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