Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.31
May 2006

日本緩和医療学会 ニューズレター第31号

Current Insight
人工的栄養水分補給に関する一考察
山口大学医学部医療環境学  谷田憲俊
 シャイボ事件の決着法からわかるように、アメリカはここ20年ほどの間に人工的栄養水分補給(ANH)については倫理的・法的にほぼ一致した見解に沿ってきた。終末期のANHは日本でも重要な課題である。本学会も、より適切な方向性を求め研究が進んでいる。そこで、最近の論文*を背景として、方向性への議論の一助としたい。

論文内容抄録
 Casarettらの論文は、ANHに対する倫理的・法的見解、すなわちANHは医療行為の一部であり、その利益や危険性、不快感、個人の信仰や文化、価値観などを考慮して患者と家族に受けるか拒否するかの決定権があることをまとめたものである。
 ANHには有益性もあれば、拘束の必要性、嚥下性肺炎増加などの不利益もあるので、適応される倫理原則は他の医療と同じである。ただ、ANHを常に必要な基本行為と考える人が多く、その考えを人々や医師から取り除くのは容易でない。ANHは誰でもできることでなく、状態に応じ技術を有する者が行う医療行為である。温かい環境を提供するといった無害な手法と異なり、利益が不確かで害や不快を伴う処置であり、緩和ケアにはあたらない。食事に特別の信念を有する医師は、ANHの判断過程に関わるべきでない。また、導入しないことと中止することは倫理的・法的に同一とされ、とくに導入してみて判断したいという実利的観点から両者を区別するのは適切でない。
 判断には、患者の口頭または記述の意思が尊重される。ANHだけに厳しい判断基準を設けることは、患者の意思を無視したり、同意なしに導入したりと、自己決定の原則と矛盾する。事前意思表明がない場合は“合理的人間基準”から代行者が判断するのが妥当で、死生に関する哲学的判断を要する“最善の医療基準”は用いない。患者・家族には、悲嘆ケアも含め、情緒的、精神的、スピリチュアル的なケアが必要である。
 それらをふまえ、著者らはANHに関する患者と家族の権利が医療従事者と法律、医療体系において尊重されるために次の5つの提案をした。要約すると、第一に、全ての医療従事者は、ANHについて患者・家族と話し合えるようになるため、倫理的基本とコミュニケーション技能を教育されなければならない。第二に、ANHに関する決定は、経済的理由や規則上の制約などで影響されるべきではない。ANHの方が安く、手で食べさせる方が費用はかかる点をふまえ、ANH費用を設定する。第三に、州法を「自己決定法」に基づき合理的人間基準で家族が決められるように設定する(米国は州が具体策を決める)。第四に、代理人(弁護士)、医療提供者は、人々が事前指示書を記すことを促進する。事前指示が不明確なときの法律を整備すべきである。第五に、施設内と施設間で方針と情報を共有すべきである。
 結論として、「患者と家族はインフォームド・コンセントの理念に基づきANHに関して自己決定が認められ、その権利は法的、財政的、管理上の障碍から守られなければならず、医療団体や法律家団体、他はそのような障碍から患者を守る必要がある」としている。

日本においては
 本論文には日本に当てはまらない議論もあるが、多くの点で参考になる。例えば、カソリック界はANHについて意見が分かれていた。しかし、2004年にヨハネ・パウロU世は「ANH は通常の医療であり、遷延性植物状態患者には行え」と説教した。欧米では教皇声明が重く受け止められ、患者や家族がANHを拒否しにくくなりつつある。本論文が指摘したように、「ANHは基本的必須の行為」というのは個人の信仰あるいは信念に基づく。この点、日本でも、あたかも普遍的な考えであるかのごとく扱われるが、個人的信念に基づくことを理解する必要がある。また、「経済的理由でANHを控えてはならない」と言われるが、その議論は「経済的に利益を受ける者が存在する」という視点が欠落している。
 これらの偏った意見に対しても本論文は応えている。著者らの5つの提案の背景となった事象と理論は日本にも当てはまると思う。本学会も取り組んでいるANHの医学的適応に関する評価が患者の決定に重要となるし、そのうえで関係者が先入観なしに話し合い患者・家族の意思を尊重することが大切と思う。

*Casarett D, Kapo J, Caplan A. Appropriate Use of Artificial Nutrition and Hydration - Fundamental Principles and Recommendations. N Engl J Med 2005; 353: 2607-2612

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