Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.29
日本緩和医療学会ニューズレター
Nov 2005  29
特別講演2
がん研究・がん診療・がん経験
演者 : 国立がんセンター名誉総長/東邦大学名誉学長  杉村 隆
司会・報告 : 熊本労災病院  小川 道雄
 一人ひとりのがんは皆異なる、多段階発がんといっても一つひとつのがんは違っている、という導入から、杉村先生の特別講演ははじまった。現在はがんの半分は治るが、そのうちの約80%(全体の約40%)は外科的に病巣を摘除したものである。残りの大部分は放射線治療による治癒で、抗がん剤は開発に費用がかかるが、グリベック以降20年間、効果のある薬剤は開発されていない、がん細胞内のシグナル伝達の異常が明らかになった現在でも、分子標的薬剤が開発されないのは、一つひとつのがんが異なるからだ、と指摘された。
ついでご自分のがん経験に触れられた。41才のときの膵臓がんの疑い、59才の肺癌の疑い(他の人のフィルムと勘違いされた当時の国立がんセンターの石川総長から予後告知までうけた)における気持の動揺、一昨年胃がんの診断をうけ、予定していた講演をすませてから、胃の全摘手術を受けたこと、組織学的には、がんの先進部が一部粘膜下層に入っており、摘出したリンパ節に転移はなかったが、そこをすり抜けてどこかに入り込んでいるがん細胞があるかもしれない、とたんたんと組織標本を示して話された。そして胃全摘術後には、食物が食道からいきなり小腸に流入することからくる消化吸収や経口薬剤の代謝の変化が大きいにもかかわらず、それに関する研究がほとんど行われていないこと、現在のトランスレーショナル・リサーチとは逆方向の研究も重要であることを強調された。
さらに国立がんセンターの歴代総長のうちがんで亡くなられた4名のお名前、がんセンターに勤務した医師のうち、がんで亡くなった方のお名前、年齢、がんの病名の一覧を示して、注意を喚起された。多くの著名ながん専門医、研究者ががんで亡くなっていた。その中には私も親しくして頂いた方も多く、また若くしてご専門のがんで亡くなられた方もあった。
最後に「なぜ国家は衰亡するのか」(中西輝政著、PHP新書)を内ポケットからとり出して示され、国家の衰亡と同じく、現在の医療界も衰亡の危機にあると締めくくられた。
JR福知山線の痛ましい事故の原因は、制限速度オーバーという人為的なものであるらしい。しかしその背後には経済性優先、効率化追求があると考えられる。医療でもそれが最優先され、総医療費の枠が定められようとし、在院日数の短縮や人的・物的なスリム化がすすめられている。このままでは医療の安全性が損われ、萎縮医療への道を歩み出しかねない。日本の医療を指導する高いお立場から、杉村先生にこのような誤りを正す発言を繰り返して頂くことをお願いして、特別講演のお礼の言葉とした。

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