Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.28
日本緩和医療学会ニューズレター
Aug 2005  28
特別講演3
死ぬための教養
演者 : 作家  嵐山光三郎
司会・報告 : 国立がんセンター  垣添 忠生
 嵐山氏は、私の中学・高校時代(都下 国立の桐朋学園)の同級生である。本学会では朝から夜まで一貫して勉強の話が続くので、嵐山氏に少し別な視点から人間の生死に光を当てた講演をしてもらった。参加された皆さんに少し肩の力を抜いていただくためである。嵐山氏は、数年前、新潮新書から「死ぬための教養」という本を刊行しており、私も啓発されるところが多かったことも依頼の理由の一つである。
 嵐山氏は、本学会の会員に敬意を表して、いつものアロハ・シャツから黒のシックなハイネックのシャツに着替え、帽子を被って登場。
 63才ともなると、自分の周囲の親しい知人・友人が次々と死んでいく、ということから語り始めた。しかし、死を考える上で、宗教が力を失った時代を我々は生きている。小学生の子供すら、毎日、死のことを考えているという。自分の母親は89才となるが、毎日が死の準備に明け暮れている。しかし、かかりつけ医と謀ってアルツハイマーのふりで「要介護認定1」をとるという強かさもあるとのこと。父親は「75才で死ぬ」、といい続けていたのに86才まで生きた。これは俳句の字余りのようなものなのだそうだ。亡くなる数日前長男である嵐山氏と母親を激しく非難し、攻撃したとのこと。これは亡くなった後、母親の言うには「良い人のままで死ぬと残された人の悲しみがつのるからああしたのだろう」と。
 一転、文学者との交流と死の関わりについて、瀬戸内寂聴氏曰く、「三途の川は最近広くなって瀬戸内海みたいになり、皆フェリーで団体で賑やかに渡る」のだと。対岸に着くとウェルカム・パーティーがあり、A、B、Cコース…に分れてそれぞれに楽しみを求めるという法話をされるとのこと。つまり、死を楽しむ話。同時に、これは死後の世界がある、という法話だが、それは三島由紀夫にも通じる。三島の最期の作品「豊饒の海」では、人の再生、輪廻転生がテーマだ。
 嵐山氏は、死ぬのに良い病気は、がんとボケという。がんは、告知されてから死ぬまでに時間があり、諸事準備ができる。ボケは死の恐怖を知らないですむのが理由だと。
 誰しも自分の死を体験することは出来ない。「皆さん勝手に生きて下さい」をメッセージとして講演は終った。
 生物としての人間を見ることに慣らされた私には、嵐山氏の視点、発言のいくつかが新鮮で、講演を依頼してよかったと思う。

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