Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.21
Nov 2003

日本緩和医療学会 ニューズレター第21号

学会印象記
第17回World Congress on Psychosomatic Medicineに参加して
国立がんセンター研究所支所精神腫瘍学研究部・国立がんセンター東病院精神科
明智 龍男
 このたび、2003年8月23−28日にかけて米国のハワイで開催されましたWorld Congress on Psychosomatic Medicine(WCPM)のシンポジウムに参加させていただく機会を得ましたので、本誌面をお借りして、同シンポジウムの内容と印象に残った発表等をご報告させていただきます。
 本学会は、心身症や身体疾患患者の精神・心理学的な側面に関連する領域を中心に扱う学会で、心身医学やコンサルテーション・リエゾン精神医学に携わる心療内科医、精神科医および心理学者がその構成メンバーの核となっている学会です。例年、がん患者に関しての演題も散見される学会でもあります。
 私は、Request to die: What are they, why are they, what should we do with them?というシンポジウムに参加させていただきました。本シンポジウムは、タイトルにも表れておりますように、患者さんから「安楽死の要請」や「自殺幇助の要請」があった際に、医療者はどのように対応すべきか、というテーマを主題としたものでした。シンポジストは、安楽死を合法化しているオランダの精神科医(Dr. Bannink)、米国ニューヨーク州の精神科医(Dr. Muskin)、同じく米国から自殺幇助を合法化しているオレゴン州の精神科医(Dr. Dobscha)、米国オレゴン州で死を望む患者さんの援助を行っている民間組織Compassion in DyingのPresident(Ms. Lee)、そして私の5人でした。シンポジウムは、シンポジストが呈示した症例をもとに、フロアの参加者の方々もまじえて議論をするという形式ですすめられました。呈示された症例は、いずれも極めて考えさせられるものが多く、例えば、オランダからは、安楽死の適応範囲の解釈が拡大されつつあり、何らの重篤な身体疾患はないにも関わらず、86歳という高齢のために今後の人生において良好な生活の質が保てないことをunbearable suffering(耐え難い苦痛)として医師に訴え、実際に安楽死が施行された症例が提示されました。個人の価値観や認知に大きく左右される「unbearable suffering」とはいったいどういった状況なのか、どこまで許容されるのか、といったことを考えさせられました。その他、印象的だった症例をもう一例ご紹介いたします。ホスピスケアを受けていた60歳の男性がん患者が、自分の死期をコントロールしたいために自殺幇助の要請を続けていましたが、担当医に自殺幇助を拒否され、また紹介された緩和ケア医からは自殺幇助はできないかわりに鎮静をすることはできるとの申し出を受けました。しかし、この患者さんは、意識が失われた状況で死を迎えることを望んでおらず、あくまで自分の死期を自分でコントロールすることを望んでいましたので、緩和ケア医の申し出を断り、結局自殺をされました。本症例も、医療としてどのような関わりをすればよいのか深く難しい問題を含んでいました。
 シンポジウムで扱われた症例が、いずれもこのような極めて難しいものばかりでしたので、何らかの結論に達するということは無論ありませんでしたが、フロアからも実に様々な意見が出て、個人的には、文化の差や価値観の差が実に大きなものであることを痛感しました。そして、安楽死、自殺幇助、鎮静といった諸問題の難しさをあらためて感じる機会になりました。
 次に、がんに関連したものではないのですが、プレナリーレクチャーにて、わが国の精神科医、春木繁一先生(松江青葉クリニック、東京女子医大客員教授)の素晴らしいご講演を聴くことができましたので、それをご紹介させていただいて本稿の締めくくりとさせていただきたいと思います。春木先生は、人工透析を受け続けながら、現在も精神科医としてご活躍されている先生です。春木先生は、1972年に腎不全に陥られ、以降31年間に渡り、ずっと透析を受けることを余儀なくされてきたご経験を、精神科医の視点からご講演されました。透析を受けることになった際には、抑うつ、不安、怒りなど様々な気持をご経験されたとのことでした。そして以降も、死に対する恐怖が頭から離れることはなく、一時は自殺念慮を抱くうつ病の状態や透析による認知障害などの状態にも陥られたそうです。しかし、素晴らしい担当医とのめぐり合いやご家族の暖かい援助もあり「rebirth」され、現在は死と向き合いながらも充実した日々を過ごされているとのことでした。時折、ジョークも混じえながら、長期間に及ぶ病との共生のご経験を内面の動きを中心にお話になる姿にとても感銘を覚えました。最後に、「最も大切なものをみることができるのは眼ではなく、心である」と結ばれました。
 なお、次回の第18回本学会は、2005年8月に神戸で開催されるとのことです。

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