Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.20
Aug 2003

日本緩和医療学会 ニューズレター第20号

学会印象記
第8回欧州緩和ケア会議
千葉県がんセンター整形外科  安部 能成
 4月2日から5日まで、オランダ王国の首都ハーグ市で開催された第8回欧州緩和ケア会議に参りました。隔年開催のこの会議は、緩和ケアに関係する様々な専門職種のほかボランティアも参加している開かれた国際会議です。主催者のアナウンスによりますと、発表演題数は600を越え、参加者は57カ国におよび、1500人以上も訪れていたようです。発表形式は、口述が1/4、ポスターが3/4で、毎日150のポスターと50題の口述発表が行われていました。参加者名簿に由ると、日本からの参加者は3名で、内2名が発表していましたので、参加者の67%が演題を出している貢献度の参加国は他にないと思われました。
 今回の会議は、緩和ケアに関連した多数の職種からの学術発表も充実しておりましたが、音楽とパフォーマンスを取り入れた開会式、国会議事堂を公開しての歓迎会、復活祭を意識したカトリック教会でのヨハネ受難曲の音楽会、各種の緩和ケア施設の見学会、重要文書の配付など、見どころ豊富な企画が用意され、極めて感慨深いものとなりました。なかでも、緩和ケア見学会では、在宅ホスピス、ボランティアによるターミナルケア、ホスピス、高齢者施設におけるPUC、ナーシングホームにおけるPUC、病院における緩和ケア、緩和ケアコンサルテーションチーム、の7つから1つを選択して、半日見学を行うというもので、オランダでの緩和ケアの展開を知るとともに、オランダの人々の歓迎の仕方にも触れるという、またとない良い機会でした。小生はドルトレヒト市にあるホスピスを見学する機会にも恵まれました。ここでは英国を含む欧州における緩和ケア事情を知ると共に、何人かの知り合いも出来ました。やはり、聞くと見るとでは、大違い。実際に自分の足で稼いでくるより確実なことはないと再認識させられました。
 ホスピスは、ここ2〜3年に開始され、歴史は浅いのですが、その程度は日本以上だと思われます。それは個々人の独立した生活を尊重するという個人主義の徹底、および、自己決定と自己責任も常識化された社会だからです。たとえば、たとえ肉親や家族のことでも、本人に代わって決定することはありません。癌でいえば、本人に診断を告げることはあっても、家族に告げるかどうかは本人の決定によるのであり、家族には知らせないこともあるようです。ですから、墓も一人にひとつずつであり、一族の墓にぞろぞろ納骨する習慣はありません。
 このような背景からオランダでは安楽死の問題が有名です。本人が、もう生きている価値がない、生きているよりも死んだほうが良いと自己決定したら、そのことを尊重する。家族は本人のことを愛しているなら一層その決定を大切にして死ぬという選択を尊重する。そのような形での自殺を医師が助けることも社会が認めております。少なくとも本人の苦痛を取り除くという意味で、です。もちろん、これに対する反対もあります。ひとつには、お隣のドイツで、ナチスの時代に「安楽死」という名前で多くの精神病者、障害者、ユダヤ人が大量に虐殺された歴史があります。この場合は、本人の意思、自己決定が全く含まれていませんから、オランダの場合と100%食い違うのですが、「安楽死」という名称が同じなので誤解を受けることがあります。この当たりの事情については、会議で配付された以下の2つの文書が回答を与えてくれました。
Buijssen H, Bruntink R, A good ending, good for all? Care for carers working in palliative care, NPTN, 2003.
Palliative care for terminally ill patients in the Netherlands, Dutch Government Policy

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