Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.19
May 2003

日本緩和医療学会 ニューズレター第19号

Current Insight
インフォームドコンセントとサイコオンコロジー
国立がんセンター研究所支所 精神腫瘍学研究部長  内富 庸介
 がんや心筋梗塞など、生命を脅かす疾患を抱えることは、人の心に深刻な事態をもたらす。インフォームドコンセントを前提とした医療が近年わが国でも導入されているが、情報を伝えられた後の人の心への手当ては世界的に見ても極めて貧弱である。誰もが、がんであることを伝えられると一度は死を連想し、落胆、悲嘆の淵に追いやられる。
 欧米では、がんの診断など真実を伝える医療の是非に関する議論に決着がついた1970年代後半に、がん専門病院にサイコオンコロジー(精神腫瘍学)部門が誕生した。サイコオンコロジーは腫瘍学、精神医学、心理学、免疫学、内分泌学、社会学、倫理学など多くの学問領域から成り立っている。これまでの研究成果によると、がんを抱えても過半数の方は数週間で気持ちのつらい状況から抜け出すことができる一方で、20-40%の方は遷延した抑うつを経験することが明らかになっている。抑うつを抱えることは、患者のみならず家族のQOLを低下させ、さらには治療に関する意思決定やコンプライアンス、自殺、入院日数の長期化など、実にさまざまな面に甚大な影響をもたらす。現在、サイコオンコロジーは、がんの予防にはじまり、検査、治療、再発、積極的抗がん治療の中止、緩和ケアへの移行を含め全てのがんの臨床経過において患者の意思決定を支えるべく格闘している。
 人の心を端的に表すときに、「知・情・意」という言葉が使われる。「知」は知識、「情」は感情をあらわすが、「情」は特に人にとって良いものか悪いものかを判断する場合に重要な役割を果たす。「意」は意思や意識であるが、知や情に主体的に働きかける。インフォームドコンセントを前提としたがん医療では、がんの診断を含む多くの(主に悪い)情報が説明され、最終的に患者の同意をもって医療が始まる。「説明と同意」というインフォームドコンセントの訳を、人の心(知・情・意)に対比させると、「情」がすっぽり抜け落ちていることがわかる。本来、説明すべき情報という言葉には「情」が入っているが、単なる「説明」というと画一的な無機質な「知」の提供という響きがある。本来、患者の感情を理解することもインフォームドコンセントには含まれているはずである。今後、まず、医師には、「情」をさらに意識したインフォームドコンセントを、そして全ての医療従事者に「情」のこもったコミュニケーション技術の習得が期待される。
 「知・情・意」は、脳の中では、大脳、辺縁系、前頭葉が解剖学的に対応するといわれているが、近年のPETやMRIを用いた脳画像研究の進歩により、抑うつは辺縁系と前頭葉の機能異常と関連していることが示唆されている。「がんを告げられある人は落ち込む、ある人は立ち直る、ある人は医師と信頼関係をすぐに築ける、ある人は心ない一言に苦しむ」など、これまでのサイコオンコロジーでは解き明かせなかった問題に答えるべく、脳科学がサイコオンコロジーに光明をもたらしている。がんのもたらすインパクトは、患者のみならず家族、そして情報を伝える医療者の心にとっても大きなものであるはずである。人の心、中でも「情」の脳科学的基盤を明らかにする研究が進み、より個別化されたインフォームドコンセントの導入が待ち望まれている。

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