Japanese Society for Palliative Medicine
News Letter No.18
Feb 2003

日本緩和医療学会 ニューズレター第18号

Current Insight
ホスピスケアと緩和ケア :
失ってはならないものと変っていかなければならないもの
聖隷三方原病院ホスピス  森田 達也
 緩和ケアはホスピスケアから生じた。ホスピスケアが1960年代後半のイギリスとアメリカで急速に支持を集めた背景として2つが挙げられる1。ひとつは、医療における個別性の喪失であり、ある疾患を持っているということが医療を決定し、患者自身の人生観や価値観が省みられることがなかった。たとえ、「死は自然の経過の一部であるから苦痛を伴う治療を受けずに、苦痛緩和を中心として自然経過にまかせたい」という患者がいたとしても、その希望が達成されることは難しく、多くの患者が家族に見守られた自宅ではなく、病院の集中治療室で機械に囲まれて最期を迎えていた。2つ目は、医療の対象が身体に集中し、患者を全人的に理解しなくなった。疾患が治癒に向かっているかどうかが医療のアウトカムであり、精神・社会・実存的側面を含めた患者の全体像(いわゆるquality of life)は重要なアウトカムとみなされていなかった。ホスピスケアはこれらの近代医療に対するアンチテーゼとして起こった。その目的は、患者の個別性・価値観を尊重すること、そして、患者の身体・心理・社会・実存的側面を包括的にみることであった。この目標を達成するために、インフォームドコンセントに基づいた目標の個別化、quality of lifeを向上させるための苦痛緩和技術と多職種チーム医療を主な手段とした。患者の希望をかなえようとしてきた結果として、自宅で最期を迎えられるシステムが整備され、機械ではなく人間による苦痛の緩和に重きがおかれ、脱医学化がすすんだ。
 一方、30年を経過するなかで苦痛緩和のために用いられる医学的研究が蓄積し、緩和医学という専門領域が出現した1。オピオイドローテーション、消化管閉塞に対するsomatostatin、骨転移痛に対するbisphosphonate、従来のspiritual careを精神療法として統合したmeaning-oriented psychotherapyなどが臨床応用されており、さらに多くの新しい方法が研究途上にある2-5。緩和医学の研究が支持された背景は、現在利用できる資源を最大限使ったとしてもなお患者の苦痛を十分は緩和できないことが明らかになったためである6
 ホスピスケアの臨床家のなかには、緩和医学がすすむにつれて再び死の過程が「医学化」され、患者の幸福に寄与しなくなるのではないかという懸念がある7。この懸念はsymptomatologistということばに象徴されており、緩和医学が症状のみを対象とし「症状さえなくなればそれでいい」と考える風潮が生じることを警告している7。重要なことは、症状を軽減する方法があることは、手段であって目的ではないという認識である。緩和ケアの目的の本質はホスピスの黎明期と変わらない8。患者の個別性・価値観を尊重し、患者を包括的に捉えることである。緩和医学はこれを達成する手段をさらに豊富にするであろう。しかし、臨床医が、症状がなくなることそれのみを目的化すれば、「病気を見てひとを見ず」を非難していた緩和医学が「症状を見てひとを見ず」におちいる可能性がある。患者は症状がなくなることだけを望んでいるのではない。意識がたもたれること、ひとに迷惑をかけないこと、誰かの役に立つことを、苦痛から解放されるのと少なくとも同じように望んでいる9。症状の消失のみに目をむけるのではなく、緩和治療に伴って生じうる影響を患者の個別性・価値観から検討することが必須である。症状はあってもそれに耐えることに大きな意味を見出している患者に対して「症状緩和」を強いることは患者の個別性を損なうことになる。
 逆に、「医学化」がすすむというその理由だけで緩和医学の進展を批判することも適切ではない。現実に得られている死の過程に関する調査研究では、患者の希望は以前としてごく一部しかかなえられていない6。突発痛や神経因性疼痛、呼吸困難、過活動型せん妄、実存的苦痛(spiritual pain)など十分に緩和されていない多くの苦痛がなお存在する。ホスピスケアが普及する過程で脱医学化がすすんだことそれ自体が目的であったと臨床家が考えて緩和医学の進展に努力しないのならば、患者の全人的な苦痛を和らげるという本来の目的を達成することはできない。
 ホスピスケアが生じた1960年代の背景を理解し、ホスピスケアの哲学をもった緩和医学を進展せしめることが、現代の緩和医学の専門医に求められていると考える。

【文献】
1. Field D. Palliative medicine and the medicalization of death. Eur J Cancer Care 1994; 3: 58-62.
2. Breitbart W. Spirituality and meaning in supportive care: spirituality-and meaning-centered group psychotherapy interventions in advanced cancer. Support Care Cancer 2002; 10: 272-280.
3. Mannix K, Ahmedzai SH, Anderson H, Bennet M, Lloyd-Williams M, Wilcock A. Using bisphosphonates to control the pain of bone metastases: evidence-bases guidelines for palliative care. Palliat Med 2000; 14: 455-461.
4. Mercadante S. Opioid rotation for cancer pain. Rationale and clinical aspects. Cancer 1999; 86: 1856-1866.
5. Ripamonti C, Twycross R, Bains M, Bozzetti F, Capri S, De Conno F, Gemlo B, et al. Clinical-practice recommendations for the management of bowel obstruction in patients with end-stage cancer. Support Care Cancer 2001; 9: 223-233.
6. Cowan JD, Walsh D. Terminal sedation in palliative medicine-definition and review of the literature. Support Care Cancer. 2001; 9: 403-407.
7. Stiefel F. Delirium and dehydration: inevitable companions of terminal disease? Support Care Cancer 2002; 10: 443-444.
8.Sepulveda C, Marlin A, Yoshida T, Ullrich A. Palliative care: the World health organization's Global perspective. J Pain Symptom Manage 2002; 24: 91-96.
9. Steinhauser K, Christakis N, Clipp E, McNeilly M, McIntyre L, Tulsky J. Factors considered important at the end of life by patients, family, physicians, and other care providers. JAMA 2000; 284(19): 2476-2482.

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