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苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン(2010年版)

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5章 推奨と委員会合意
3 治療とケアの実際
2
患者・家族の希望の確認
1. 意思決定能力の定義・評価
1)
 意思決定能力は,①自分の意思を伝えることができること,②関連する情報を理解していること,③鎮静によって生じる影響の意味を認識していること,および,④選択した理由に合理性があること,をもとに判断する。
2)
 意思決定能力は,経験を十分に有する医療チームによって,そのプロセスを明記したうえで評価されることが望ましい。特に,抑うつや軽度の意識混濁は見落されやすいが,頻度が高く,患者の意思決定能力に影響を与え得るので,適切な評価が必要である。
[コミュニケーションの例](意思決定能力を評価する)
● 関連する情報を理解していること
● 鎮静によって生じる影響の意味を認識していること

 「今,苦しさを和らげるために,うとうとして過ごす(ぐっすりと眠る)方法があるというお話をしましたが,どのようにご理解されましたか?」あるいは「もし,眠って苦しさを和らげる方法を取った場合,どのようになるとご理解されましたか?」という問いかけに対して,適切な返答ができる。
● 選択した理由に合理性があること
 「○○さんは,苦しさを和らげるために,うとうとして過ごす(ぐっすりと眠る)方法をご希望される,と伺いましたが,その理由を教えていただけますか?」に対して,了解可能な理由を挙げられる。
2. 患者に意思決定能力がない場合の意思決定過程
 患者に意思決定能力がないと判断された場合,患者の価値観や以前に患者が表明していた意思に照らし合わせて,現在の状態で患者が何を希望するかについて,家族とともに慎重に検討する。
 この際,①家族に期待される役割は患者の意思を推測することであり,家族がすべての意思決定の責任を負うわけではないこと,および,②鎮静の意思決定については医療チームが責任を共有することを明確にする。
[コミュニケーションの例](患者に意思決定能力がないとき)
● 患者が意思表示できれば何を希望するかを家族と相談する
 「本来であれば○○さんに伺うことができれば一番いいのですが,今は難しいので,今後のことについてご家族と少し相談させていただきたいと思います。私たちは,今までの〇〇さんの生き方や価値観を大切にしたケアをしたいと考えています。もし,ご本人が十分にお話できる状態でしたら,今の状態でどのような治療を一番に希望されるでしょう?以前に何かおっしゃっていたことはありますか?」
● 家族からの情報をもとに,鎮静が最善の方法であると考えたことを伝え,責任を共有する
 「今伺ったことから考えると,眠るようなかたちであっても,苦しみを感じなくてすむようにして差しあげることが一番よいと思いますが,いかがですか?」
 「この決断はとてもつらい決断だと思います。決して,『ご家族の方だけで決めてください』,ということではありません。私たちは,ご家族のお考えを伺ったうえで,一番よい方法をご一緒に考え,責任をもって行いたいと考えています。」
3. 説明内容
 説明内容は,患者・家族の希望と,情報提供により生じる益(benefits)と害(harms)とを十分に検討したうえで個別に判断する。すなわち,知りたいという患者・家族に対して十分な情報提供ができるよう配慮するとともに,患者・家族が知りたくない場合,あるいは,情報提供による害が益を上回ると予測される場合には,提供する情報の内容や伝え方に十分に配慮する。資料2には患者に行う鎮静についての説明文書を示す。
 患者・家族に提供する情報として,検討するべき内容は以下のとおりである。
全身状態:身体状況についての一般的説明,根治的な治療法がないこと,予測される状態と予後
苦痛:緩和困難な苦痛の存在,苦痛の原因,これまで行われた治療,鎮静以外の方法で苦痛緩和が得られないと判断した根拠
鎮静の目的:苦痛の緩和
鎮静の方法:意識を低下させる薬剤を投与すること,状況に応じて中止することができることなど
鎮静が与える影響:予測される意識低下の程度,精神活動・コミュニケーション・経口摂取・生命予後に与える影響,合併症の可能性
鎮静後の治療やケア:苦痛緩和のための治療やケアは継続されること,患者・家族の希望が反映されることなど
鎮静を行わなかった場合に予測される状態:ほかの選択肢,苦痛の程度,予測される予後
[コミュニケーションの例](鎮静の選択肢を提示する)
 「今,苦痛を和らげるために十分に手を尽くしていますが,意識を保った方法でつらい症状を楽にすることは難しいように感じています。苦しさをさらに和らげるためには,少しうとうととして過ごす(ぐっすりと眠る)方法もあります。どのくらいの苦しさなら良しとするか,どのくらいの眠気なら許せるかは,お一人おひとりで違いますので少し相談させていただけますか?」
● 患者が鎮静を希望するか確認する
 「苦しい感じを和らげられるのなら,今よりも眠気が強くなってもいいとお感じでしょうか?それとも,今より眠くなってしまうのは困るとお感じでしょうか?」
[コミュニケーションの例](鎮静がコミュニケーションへ与える影響を説明する)
● 浅い鎮静を意図する場合
 「うとうとして苦しさが和らぐようにすると,苦しさはあまり感じませんが,ぼんやりするので複雑なことを話したり考えたりすることは難しくなるかもしれません。」
● 深い鎮静を意図する場合
 「ぐっすり眠って苦しい感じを和らげる方法を取ると,苦しさは感じなくなりますが,ご家族とお話をすることは難しくなると思います。」
[コミュニケーションの例](鎮静が生命予後や身体機能に与える影響を説明する)
● 一般的に,鎮静によって生命予後が短縮しないことを保証する
 「お薬を使うと寿命が短くなるのではないか,とご心配されるかもしれません。苦しさが取れるだけの少しの量のお薬をゆっくりと使いますから,使ったからといってそのせいで必ず寿命が短くなるということではありません。」
● コミュニケーションが取れる最後の機会になり得ること,急な容態の変化の可能性を説明する
 「苦しさを和らげることが目的ですので,使うお薬の量は健康な人であれば心臓や呼吸に影響しないぐらいの量です。ただ,今,○○さんのからだはとても不安定になっているので,お薬を使って楽になったあと,ひょっとすると(おそらくは)またお話ができるようにはならずに,ずっとうとうとしたままになるかもしれません(息をひきとられるまで,ずっとうとうとしたままになるかもしれません)。苦しさだけが取れることを目標として慎重にお薬を使っていきますが,もしものときに備えて,お伝えしておいたほうがいい方や,そばにいていただいたほうがよい方はいらっしゃいますか?」
[コミュニケーションの例](行われるケアを説明する)
● 鎮静開始後も患者は今までどおり尊厳を大切にしたケアを受けられることを伝える
 「お薬で眠る状態になったからといって看護師や医師が診に来なくなるということではありません。今までどおり,○○さんがなるべく快適に過ごせるように,お口やからだをきれいにしたり,部屋の環境を整えたりいたします。」
 以下に患者や家族に対して,苦痛緩和のための鎮静について説明する場合の文書を例として掲げる。使用にあたっては,患者と家族の病状理解や悲嘆反応に十分に配慮し,おのおのに応じた説明が必要と考えられる。
資料2 患者・家族に行う鎮静についての説明文書(例)
【患者さんにとって耐え難い苦痛が出現していること】
 現在,患者さんに現れている最もおつらい症状は(         )であり,患者さんの訴えやご家族のとらえているご様子,医療従事者の判断から,それは非常に耐え難いものであり,患者さんの日々の生活を著しく妨げているものであると考えられます。
【その苦痛が治療抵抗性のものであること】
 私たち医療従事者はさまざまな治療やケアを通して,その苦痛を和らげることを目指してきました。しかし,現在,意識を保ったままではよい手立てを見出すことは難しく,一般的な医療・看護行為では和らげることのできない苦痛であると判断しています。
【鎮静とは】
 そのような苦痛を和らげる治療方法として,意識を下げるような(うとうとするような)薬剤を使用することにより,苦痛を感じにくくすることを鎮静といい,その方法以外には患者さんの現在の苦痛を和らげることは非常に難しいと考えています。
 現在,患者さんに投与を考えている薬剤は(         )というものであり,その投与方法は,(点滴・静脈注射・持続皮下注射)を考えています。
【鎮静を患者さんに行うとどうなるのか】
 鎮静を患者さんに行うと,うとうとした状況になり,程度の差はありますが,呼びかけても返事ができにくくなったり,おしゃべりをすることが難しくなります。また,食事をしたり水分を取ったりすると,せき込みやすくなります。しかし,うとうとすることで患者さんは苦痛があってもそれを感じることが少なくなり,現在よりも穏やかに過ごすことができると考えています。
【緩和ケアにおける鎮静】
 このような鎮静という治療方法は,緩和ケアでは苦痛を和らげる方法として一般的に行われている医療行為です。また,安楽死とはまったく異なるものとして考えられています。全国の緩和ケア病棟の調査では,がん患者さんの20〜35%にそのような治療方法が必要であると報告されています。
【鎮静に伴う不都合なこと】
 鎮静を行うことによって患者さんは,これまでのようにお話をしたり,食事や水分を取ることは難しくなります。また,患者さんの全身状態は極めて不安定であり,頻度は少ないものの急な状態の変化が起こる可能性も考えられます。しかし,一般的には極端にいのちの長さを短くするような治療方法ではないと考えられています。
【鎮静開始後の薬剤の調整やケアについて】
 たとえ鎮静を開始したとしても,患者さんの状況によってはご相談しながら,それを中止したり,薬剤の量を調整することによって,できるだけ苦痛の少ない状況で過ごしていただけるようにしていきます。また,日々のお世話についても患者さんに負担のない範囲で引き続き行っていきます。
【最後に】
 何か鎮静についてわかりにくい内容がありましたら,いつでも医師や看護師にお尋ねください。私たちは常に,患者さんとご家族が穏やかに安心して生活を送っていただくことを願っています。
4. 意思表示の自発性・継続性
 心理的・社会的圧力により患者・家族の意思決定が影響されていないことを確認する。
 また,鎮静を希望する反復した意思表示がある,あるいは,苦痛緩和を希望する一貫した意思表示がある(「苦しまずに最期を迎えたい」と以前から言っていたなど)など,意思が一時的なものではないことを確認することが望ましい。
5. あらかじめ患者・家族の意思を確認することについて
 鎮静が必要となる状況では患者に意思決定能力がないことがしばしばある。したがって,患者・家族が情報提供を希望する場合,あるいは,患者・家族にとって情報提供により生じる益(benefits)が害(harms)を上回ると判断された場合,緩和困難な苦痛が生じたときに取り得る手段について,前もって情報を提供しておくことが望ましい。
[コミュニケーションの例](あらかじめ鎮静について説明する)
 患者が「今後起こり得る苦痛」に対する不安を口にしたとき,例えば,「先生,この先もっと苦しくなるのでしょうか。」,「母が亡くなった時とてもつらそうでした。私もそうなるのでしょうか。」といった機会が,鎮静の選択肢についてあらかじめ相談するきっかけになることが多い。しかし,こうした不安は言語的に表現されるとは限らず,患者・家族の不安そうな態度や表情が話し合いの糸口になることがある。
● 苦痛緩和に努めることを保証し,その方法についてより詳細を話し合う準備があるか確認する
 「先々つらいことが増えて苦しむのではないか,と心配されているのですね。以前と違ってつらさを和らげるいろいろな方法があります。私たちは○○さんのつらさがなるべく少なくなるように十分対応していきますので安心してください。今,もう少し具体的な方法についてご相談したほうがよろしいですか?」
● 標準的な苦痛緩和の手段とその効果について説明する
 「痛みはこの先少し強くなってくるかもしれません。大抵の痛みは鎮痛薬を調節して和らげることができます。ただ,状況によっては,痛みを取ろうとすると眠気が増えたり,うとうとするかたちで痛みを和らげるという方法になるときもあります。もちろん,その折々の○○さんの希望を伺いながら治療していこうと思いますが,今もっと詳しく相談しましょうか?」
● 緩和困難な苦痛を生じる可能性と鎮静の選択肢について提示する
 「もし,鎮痛薬で痛みが十分に和らげられないときに,例えば,睡眠薬などを使って何時間か眠って苦痛を和らげたり,つらさを感じないようにすることもできます。」
● 代理意思決定者の指名を提案する
 「うとうとされることが多くなったり,急な変化があると,ご自分の考えをしっかりとまとめたり伝えることが難しくなることがあります。そういうときに備えて,あらかじめ,○○さんの代わりに相談する方として,○○さんが信頼している身近な方を決めておかれて,お気持ちを伝えておくという方法もあります。」
6. 患者と家族の意思が異なるとき
 家族が患者に付添いのできる環境を整える,家族に十分な説明を行うなど,患者の苦痛や状態を家族が十分に理解できるように配慮したうえで,患者と家族が話し合い,ともに納得できる方法を見出すことができるよう支援する。また,意思の相違に影響していると考えられる家族の心理的要因(悲嘆や自責感など)に配慮した精神的支援を行う。
 患者と家族の意思が異なるために話し合いを続けている間,患者の意思が最大限尊重され,患者の益が最大になる手段を検討する。例えば,患者が深い持続的鎮静を希望しているが,家族の同意が得られない場合,浅い鎮静や間欠的鎮静により患者の苦痛を最小にすることを検討する。
 患者と家族の意思が一致しないまま患者に意思決定能力がなくなった場合,患者の価値観や以前の意思表示から患者の意思を推測できるよう家族を支援する。
[コミュニケーションの例](患者と家族の意思が異なるとき)
● なぜ家族が鎮静を希望しないのかを聞き,不安に対処する
 「お話を伺っていると,○○さんとご家族の希望に少し違いがあるように感じました。私たちはできる限り,○○さんもご家族も納得のいく治療を行っていきたいと考えています。最初に,ご家族が……をご希望される理由や心配事を教えていただけますか?なるほど……を心配されているのですね。ご心配はとてもよくわかります。とてもおつらいと思います。(家族の悲嘆の表出を促進し,個別の心配事に対処する)」
● 患者の体験や意思を共有することを勧める
 「例えば,当面,次のことを提案したいのですが,いかがでしょうか。まず,○○さんがどう思われているか,一緒にお部屋で過ごしていただいて,○○さんに聞かれてはどうでしょうか。もし,直接お話しされるのがおつらいようでしたら,私たちがそれとなく話してみますので,そばで聞いていただいてもいいかと思います。そのあとで,またご家族みなさんで相談されてはいかがでしょうか。」
● 当面の妥協できる手段を提示する
 「これは大切なことなので,しっかりと時間をとって話し合っていきたいのですが,もしこの間,○○さんがとても苦しい場合には,その時間だけ休めるようにお薬を使ったり,あまり深くは眠らないように,効き目は弱いけれどもうとうとするくらいのお薬を使って様子を見ることもできます。」
7. 家族内の意思が異なるとき
 患者の苦痛や状態を家族おのおのが十分理解できるように配慮したうえで,家族内で直接話し合う機会をつくり,おのおのが納得できる方法を見出せるよう支援する。

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