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苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン(2010年版)

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5章 推奨と委員会合意
3 治療とケアの実際
 苦痛緩和のための鎮静における評価・意思確認・治療・ケアについてフローチャートで示す(P20,Ⅳ章参照)。「適応外」とは,本ガイドラインの定める一般的な要件を満たさないことを意味するが,患者の個別性に十分配慮したうえで熟慮して行われる臨床上の決定を妨げるものではない。すべての項目について医療チームとして判断し,診療記録に記載を行うことが必要である。
 次に,以下の順に解説する。
1
医学的適応の検討
2
患者・家族の希望の確認
3
鎮静の開始
4
鎮静開始後のケア
1
医学的適応の検討
1. 耐え難い苦痛の評価・内容
1)
 ①患者自身が耐えられないと表現する,あるいは,②患者が表現できない場合,患者の価値観に照らして,患者にとって耐え難いことが家族や医療チームにより十分推測される場合,苦痛を耐え難いと評価する。
2)
 鎮静の対象になり得る苦痛は,せん妄,呼吸困難,過剰な気道分泌,疼痛,嘔気・嘔吐,倦怠感,痙攣・ミオクローヌス,不安,抑うつ,心理・実存的苦痛(希望のなさ,意味のなさなど)などである。ただし,不安,抑うつ,心理・実存的苦痛が単独で深い持続的鎮静の対象となる苦痛になることは例外的であり,適応の判断は慎重に行うべきである。
[コミュニケーションの例](鎮静の対象となる苦痛を明確にさせる)
「もう一度確認させてください。今つらいのは××ですよね。それは耐えられないくらいつらいのですね。」
2. 治療抵抗性の定義・評価
1)
 ①すべての治療が無効である,あるいは,②患者の希望と全身状態から考えて,予測される生命予後までに有効で,かつ,合併症の危険性と侵襲を許容できる治療手段がないと考えられる場合,苦痛を治療抵抗性と評価する。
2)
  • 治療可能な要因について,原因治療,対症療法,および,寄与因子(苦痛を耐えやすくする,あるいは,耐えにくくする心理・社会的・環境要因),それぞれについて検討する。
  • 十分な評価,治療を行わずに治療抵抗性であるとしてはならない。苦痛の治療抵抗性が不明瞭な場合,期間を限定して苦痛緩和に有効な可能性のある治療を行うこと(time-limited trial)を検討する。
  • 資料1に鎮静の対象となり得る症状に対する代表的な治療のチェックリストを示す。このチェックリストにすべての治療が網羅されているわけではない。また,鎮静を行う前に以下のすべての治療が行われていなければならないことを示すものではない。
3. 全身状態・生命予後の評価
  • 対象患者の全身状態について,評価尺度(Palliative Prognostic Score, Palliative Prognostic Indexなど;表2),予後因子(Karnofsky Performance Scale,呼吸困難,食思不振,経口摂取量,せん妄,浮腫など),臓器不全の有無(呼吸不全,肝不全,腎不全,心不全など),および,臨床的に予測される予後を評価し,記載する。
  • 患者の全身状態を表現するために「終末期」,「死亡が切迫している」など曖昧な表現は推奨しない。系統的な評価を十分行わずに患者の生命予後が限られていると判断してはならない。
  • 通常,深い持続的鎮静の対象となる患者の生命予後は数日以下である。
資料1 治療抵抗性判断のためのチェックリスト
 鎮静を考慮している苦痛を同定し,以下の項目について確認してください。
①せん妄
環境調整を行ったか。
治療可能な原因を探索し,治療を検討したか。
(高カルシウム血症,低ナトリウム血症,高アンモニア血症,感染症,低酸素血症,血糖異常,脱水,脳腫瘍など)
薬剤の調整を検討したか。
(必須ではない薬剤・神経毒性を有する薬剤の減量・中止・変更)
疼痛・呼吸困難など緩和されていない苦痛の治療を検討したか。
残尿,便秘による不快がないか。
向精神薬投与を検討したか。
②呼吸困難
治療可能な原因を探索し,治療を検討したか。
(胸水,心嚢水,上大静脈症候群,気道狭窄,気管支喘息,肺炎,気胸,がん性リンパ管症,放射線性肺臓炎,心不全,貧血,腹水,不安など)
酸素投与を検討したか。
モルヒネ投与を検討したか。
不安に対する治療・ケアを検討したか。
(抗不安薬,精神的援助,リラクセーション,アロマセラピーなど)
③過剰な気道分泌
治療可能な原因を探索し,治療を検討したか。
(肺炎,心不全,食道気管支ろう,過剰な輸液など)
喀痰ドレナージの施行を検討したか。
気道分泌抑制薬(抗コリン薬)の投与を検討したか。
輸液の減量・中止を検討したか。
④疼痛
治療可能な原因を探索し,治療を検討したか。
(骨折,膿瘍,胃十二指腸潰瘍,消化管穿孔,急性膵炎など)
オピオイド,非オピオイド,鎮痛補助薬の投与を検討したか。
鎮痛薬による有害事象に対する治療を検討したか。
神経ブロック,放射線治療,外科的治療の施行を検討したか。
⑤嘔気・嘔吐
治療可能な原因を探索し,治療を検討したか。
(NSAIDs,オピオイドなどの薬剤,高カルシウム血症,脳腫瘍,消化管閉塞,便秘,胃十二指腸潰瘍など)
制吐薬(ドパミン遮断性,ヒスタミン遮断性,セロトニン遮断性,コリン遮断性)の投与を検討したか。
コルチコステロイドの投与を検討したか。
消化管分泌抑制薬(オクトレオチド,抗コリン薬)の投与を検討したか。
経鼻胃管挿入の適応を検討したか。
⑥倦怠感*1
治療可能な原因を探索し,治療を検討したか。
(高カルシウム血症,低ナトリウム血症,感染症,貧血,脱水,抑うつなど)
倦怠感の悪化と誤認されやすいアカシジア*2,せん妄などの鑑別を検討したか。
コルチコステロイドの投与を検討したか。
⑦痙攣・ミオクローヌス
治療可能な原因を探索し,治療を検討したか。
(薬剤〔特にオピオイド〕,脳転移など)
抗痙攣薬の投与を検討したか。
脱水の評価と補液の実施を検討したか。
⑧不安,抑うつ,心理・実存的苦痛
治療可能な身体的原因を探索し,治療を検討したか。
(薬剤,緩和されていない身体的苦痛,低酸素血症,脳腫瘍,アカシジア*2など)
身体的機能喪失の最小化(リハビリテーションや代替手段の検討など)を検討したか。
精神的支援(傾聴,感情表出の促し,ライフレビュー*3など)の提供を検討したか。
気分転換,環境整備,リラクセーションの提供を検討したか。
ソーシャルサポートの強化を検討したか。
薬物療法(抗不安薬,抗うつ薬などの投与)を検討したか。
心理専門家へのコンサルテーションを検討したか。
必要に応じて宗教家への相談を検討したか。
*1 倦怠感
 倦怠感はさまざまな用語で表現され,地域によっても異なる。したがって,患者の訴えと症状を注意深く観察・評価する必要がある。
 倦怠感の表現:「だるい」,「しんどい(関西)」,「こわい(北海道)」,「へずねー(新潟)」,「だやい(富山)」,「ちきない(金沢)」,「ごしたい(長野)」,「たいぎ(和歌山)」,「しろしい(福岡)」,「きつい(大分)」,「よだきい(宮崎)」など。
*2 アカシジア
 静坐不能症ともいう。一種の運動不穏状態であり,患者はしばしば落ち着かないかのごとく姿勢を変えようとする。①そわそわと落ち着きがない,②下肢を休みなく動かす,③起立時に左右の足に交互に重心を移す運動を繰り返す,④静止できないので歩き回る,⑤数分間,座位で静止していられない,または起立していられない,などの症状が認められる。
 向精神薬を服用している患者の20%ほどに発生するといわれている。緩和医療領域では,向精神薬(ハロペリドール,プロクロルペラジン,リスペリドン),抗うつ薬(アモキサピン,スルピリド),制吐薬(メトクロプラミド)に代表される抗ドパミン薬が原因となる。
 アカシジアやせん妄を発症した患者は,倦怠感を意味する言葉で自分の症状を表現することがある。その患者の行動,認知機能に注目し,倦怠感との鑑別を検討する。
*3 ライフレビュー
 スピリチュアルケアの可能性を秘めているアプローチの一つとして注目されている。患者の過去についての話などに,患者の思いを支持しつつ,援助者が耳を傾けることである。
 ライフレビューでは,スピリチュアルな苦痛のなかにいる患者に対して,患者の関心を現在から,人生に十分な意味と価値を与えてくれるような過去の出来事に向けさせる。これにより,人生の意味や価値を再発見したり,重要な体験を見出したりすることになる。今まで生きてきた人生や「今ここにある自己」の存在を意味づけることになる。
表2 全身状態の評価尺度
Palliative Performance Scale
  活動と症状 ADL 経口摂取 意識レベル
100 100%起居している 正常の活動・仕事が可能
症状なし
90 正常の活動が可能
いくらかの症状がある
80 何らかの症状はあるが
正常の活動が可能

もしくは
70 ほとんど起居している 明らかな症状があり
通常の仕事や業務が困難
60 明らかな症状があり
趣味や家事を行うことが困難
ときに介助
もしくは
50 ほとんど座位もしくは臥床 著明な症状があり
どんな仕事もすることが困難
しばしば介助
40 ほとんど臥床 著明な症状があり
ほとんどの行動が制限される
ほとんど介助
もしくは
傾眠±混乱
30 常に臥床 著明な症状があり
いかなる活動も行うことができない
全介助
20 数口以下
10 マウスケアのみ
(Anderson F, et al. J Palliat Care 1996;12:5−11)
Palliative Prognostic Index
Palliative Performance Scale 10−20 4.0
30−50 2.5
≧60 0
経口摂取 著明に減少(数口以下) 2.5
中程度減少(減少しているが数口よりは多い) 1.0
0
1.0
安静時の呼吸困難 3.5
せん妄 ** 4.0
* :消化管閉塞のために高カロリー輸液を受けている場合は「正常」とする。
**:薬剤が単独の原因となっているもの,臓器障害に伴わないものは除外する。
得点が6より大きい場合,3週間以内に死亡する確率は,感度80%,特異度85%,陽性反応適
中度71%,陰性反応適中度90%。(Morita T, et al. Supprt Care Cancer 1999;7:128−33)
Palliative Prognostic Score
臨床的な予後の予測 1〜2週 8.5
3〜4週 6.0
5〜6週 4.5
7〜10週 2.5
11〜12週 2.0
>12週 0
Karnofsky Performance Scale 10−20 2.5
≧30 0
 
食思不振 1.5
呼吸困難 1.0
白血球数 >11,000 1.5
8,501〜11,000 0.5
リンパ球% 0〜11.9% 2.5
12〜19.9% 1.0
得点が0−5.5,5.6−11,11.1−17.5の場合,30日生存確率(生存期間の95%信頼区間)は,それぞれ,>70%(67〜87日),30〜70%(28〜39日),<30%(11〜18日)。(Maltoni M, et al. J Pain Symptom Manage 1999;17:240−7)

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