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苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン(2010年版)

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5章 推奨と委員会合意
1 倫理的妥当性
 倫理的視点からの鎮静の評価について,当委員会は以下の点について合意した。
1
鎮静の益と害
 鎮静がもたらす益(好ましい効果:benefits)は,苦痛緩和である。害(好ましくない効果:harms)は,意識の低下により,コミュニケーションを始めとする通常の人間的な生活ができなくなることなどである。このように,鎮静には益とともに害が伴うため,医療者が担う「相手の益になるようにする(与益:beneficence)」と「相手に害を与えない(無加害:non maleficence)」という倫理的要件との連関で,鎮静の倫理的妥当性を明確にする必要がある。
2
鎮静の倫理的妥当性
 鎮静は,以下の3条件を満たす場合に妥当と考えられる。
1)
 苦痛緩和を目的としていること。
2)自律性[(①または②)かつ③]
患者に意思決定能力がある場合,益と害について必要な情報を知らされたうえでの,苦痛緩和に必要な鎮静を希望する明確な意思表示がある。
患者に意思決定能力がない場合,患者の価値観や以前に患者が表明していた意思に照らし合わせて,当該の状況で苦痛緩和に必要な鎮静を希望するであろうことが合理性をもって推定できる。
家族の同意がある。
3)相応性(proportionality)
 患者の苦痛緩和を目指す諸選択肢のなかで,鎮静が相対的に最善と評価される。鎮静は,患者の意識を下げ,人間的な生活を難しくするという害を伴って,苦痛緩和という益を得るものであるため,そのような害を伴わずに苦痛緩和を達成できるほかの方法がなく,かつ,そのような害に甘んじてでも緩和を必要とするほどに苦痛が耐え難い状況で,初めて相対的に最善となる。
 また,鎮静が相対的に最善である場合でも,耐え難い苦痛の緩和が達成できる限りで,鎮静を実施する時間は持続的よりは間欠的のほうが,また,鎮静の目標とする意識の低下は深いよりはできるだけ浅いほうが,人間的な生活(コミュニケーション能力)を確保するという観点から好ましい。
3
鎮静が予後を短縮する効果を伴う場合をどう考えるか
 稀ではあるが,鎮静が予後を短縮する効果を伴う場合がある。このような場合にも前項の諸条件を満たしていれば,鎮静は倫理的に妥当である。
 なお,持続的鎮静については,予後を短縮する効果を伴うかどうかにかかわらず,これと積極的安楽死の異同についての懸念が提示されることがあるという事情に鑑み,この点についての本ガイドライン作成委員会の見解を示しておく。鎮静と積極的安楽死は,意図(意識を下げることによる苦痛緩和 vs 死による苦痛緩和),方法(苦痛が緩和されるだけの鎮静薬の投与 vs 致死性薬物の投与),および,成功した場合の結果(苦痛が緩和された生 vs 死による苦痛の終わり)の3点において異なる医療行為である。
参考資料
 わが国の緩和ケア専門病棟21施設における深い持続的鎮静が行われた終末期がん患者102名に対しての多施設前向き観察的研究によると,鎮静は症例の83%において症状緩和に役立っており,呼吸数は鎮静前後で有意な減少は認められなかったものの(18±9.0回/分と16±9.4回/分,p=0.62),呼吸抑制(呼吸数8回/分以下)や循環抑制(収縮期血圧60mmHg以下または50%以上の低下)は20%の患者で認められ,致死的な状態に陥ったのは3.9%であったとしている。また,呼吸抑制や循環抑制は,せん妄に対して鎮静が行われ,the Agitation Distress Scaleで高い点数にあった患者ほど,有意に高頻度に認められたとしている。
(Morita T, et al. J Pain Symptom Manage 2005a;30:320−8)
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家族の役割
 家族は患者同様,ケアの重要な対象であり,鎮静に関する意思決定に際して,患者に対するのと同じように,家族への十分な配慮が必要である。

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