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がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2010年版)

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2章 背景知識
6 患者のオピオイドについての認識
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オピオイドの誤解についての医学的真実
1. 「オピオイドを使用すると『麻薬中毒』になる」という誤解
 精神依存(いわゆる「麻薬中毒」)とは、自己制御できずに薬物を使用する、症状(痛み)がないにもかかわらず強迫的に薬物を使用するなどの行動によって特徴づけられる一次性の慢性神経生物学的疾患である(P55,Ⅱ-4-1-13 精神依存・身体依存・耐性の項参照)。
 オピオイドはがん疼痛に有効な薬剤であるが、がん患者にとってオピオイドの精神依存は大きな懸念であり、オピオイド導入への障害の一つの要因である。しかし、がん疼痛に対してオピオイドを使用した場合、精神依存が生じることはまれである。がん患者を対象にした4つの研究における「精神依存」(研究によってaddictionなど用いられた定義が異なっている)の発現率は、0/74例(横断研究)、0/148例(後向き研究)、2/100例(後向き研究)であった。特に、オピオイドを使用したがん患者を追跡したコホート研究では、550例中1例(0.2%)がPortenoyのaddictionの基準を満たしたのみである(Højsted J)。
 したがって、がん疼痛で精神依存を生じる可能性は非常に低く、がん疼痛に対して精神依存になる懸念がオピオイドの使用を控える理由とはならない。
麻薬中毒
医学的には「依存性とは関係なく、大量投与時あるいは慢性的に投与した時に現れる有害反応」、法律用語では「麻薬、大麻又はあへんの慢性中毒」をいう。
2. 「オピオイドを使用すると寿命が縮まる」という誤解
 WHO方式がん疼痛治療が普及する以前は、「痛みに対してオピオイドを定期的に投与する」ことは少なかった。したがって、がん疼痛に対して、「痛みが耐えられなくなってから」、全身状態の悪化している患者に「いよいよモルヒネの注射」を行うことが多かった。そのため、急激に血中濃度が上昇し、副作用を生じる場合もあったと推測される。このことが「モルヒネは死を早める」という印象を一般の人たちだけでなく医療従事者にも与えたと考えられる。しかし、WHO方式がん疼痛治療法に基づき、痛みの強さに応じてオピオイドを定期的に鎮痛に必要な量で投与すれば、患者の生命予後に影響を与えないことを、3つのコホート研究が示唆している。
 Bercovitchらは、イスラエルの1つの緩和ケア病棟の終末期がん患者453例を対象に、オピオイドの使用量と入院から死亡までの生存期間との相関を検討した。入院中に投与された定期およびレスキュー・ドーズのオピオイドの平均投与量をモルヒネ経口投与換算して300mg/日以上の群と未満の群とでは、生存期間に有意な差はなかった(15日vs14日)。また、600mg/日以上を使用した群、300〜599mg/日を使用した群、300mg未満を使用した群の3群で比較しても生存期間に有意差はなかった。したがって、オピオイドの投与量は生命予後に影響を与えないと結論した。
 Moritaらは、日本の1つの緩和ケア病棟の終末期がん患者209例を対象に、オピオイドの使用量と入院から死亡までの生存期間との相関を検討した。死亡前48時間にモルヒネ経口投与換算600mg以上を使用した群、240〜599mgを使用した群240mg未満を使用した群の3群で比較して生存期間に有意差はなかった。また、オピオイドの投与量を生命予後の予測式に追加しても説明率の有意な上昇はみられなかったことから、オピオイドの投与量は生命予後に影響を与えないと結論した。
 Portenoyらは、米国の在宅ホスピス13プログラムでケアを受けた1,306例のうちオピオイドの投与を受けた725例(がん患者307例、42%)を対象に、ホスピスプログラムに紹介されてから死亡までのオピオイドの最大使用量および最終のオピオイドの増加率と、生存期間との相関を検討した。モルヒネ静脈内投与換算200mg/日以上を使用した群と、200mg/日以下を使用した群とでは、モルヒネを大量使用しているほうが生存期間は長かった(47日vs28日)。生存期間を目的変数として、モルヒネ投与量を説明変数とした回帰分析を行うと、モルヒネ投与量は、原疾患の診断、意識水準、痛みの程度などと同様に生命予後の有意な説明要因であったが、どのモデルも説明率は10%未満であった。以上から、モルヒネの投与量は生命予後に相関したが、説明率は小さく、オピオイドを必要とした背景の要因(例えば呼吸困難など)の影響を受けている可能性があるため、「オピオイドが生命予後を短縮するかもしれない」との懸念はオピオイドによる鎮痛を差し控える理由にはならないと結論した。
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 以上より、既存の研究の対象は、専門的な緩和ケアを受けている終末期のがん患者に限られているものの、オピオイドの使用が生命予後を短縮するという根拠はない。「オピオイドを使用すると寿命が縮まる」懸念のために、鎮痛のためのオピオイドを差し控えることは妥当ではないと考えられる。
(新貝夫弥子)
【参考文献】
1)
Højsted J, Sjøgren P. Addiction to opioids in chronic pain patients: a literature review. Eur J Pain 2007; 11: 490-518
2)
Bercovitch M, Waller A, Adunsky A. High dose morphine use in the hospice setting, A database survey of patient characteristics and effect on life expectancy. Cancer 1999; 86: 871-7
3)
Morita T, Tsunoda J, Inoue S, et al. Effects of high dose opioids and sedatives on survival in terminally ill cancer patients. J Pain Symptom Manage 2001; 21: 282-9
4)
Portenoy RK, Sibirceva U, Smout R, et al. Opioid use and survival at the end of life: a survey of a hospice population. J Pain Symptom Manage 2006; 32: 532-40

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