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がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2010年版)

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2章 背景知識
4 薬理学的知識
1
オピオイド
13
精神依存・身体依存・耐性
 オピオイドに関する誤解が疼痛治療の障害となっており、精神依存(psychological dependence)、身体依存(physical dependence)、耐性(tolerance)の3つの概念を正しく理解することが重要である。
1.
 精神依存、身体依存、耐性に関する定義は国際的にも統一されていない。本ガイドラインでは、American Pain Society、American Academy of Pain Medicine、American Society of Addiction Medicineが統一した見解をまとめるために設置したLiason Committee on Pain and Addictionの勧告を参考に、専門家の合意に基づき、以下の定義を用いる。
1)精神依存
 次のうちいずれか1つを含む行動によって特徴づけられる一次性の慢性神経生物学的疾患である。その発現と徴候に影響を及ぼす遺伝的、心理・社会的、環境的要素がある。
① 自己制御できずに薬物を使用する
② 症状(痛み)がないにもかかわらず強迫的に薬物を使用する
③ 有害な影響があるにもかかわらず持続して使用する
④ 薬物に対する強度の欲求がある
  (Savageらの定義)
説] 上記の定義は、Savageらにより作成された「嗜癖(addiction)」の定義である。日本では、「麻薬及び向精神薬取締法第2条二十四、二十五」において、「麻薬中毒:麻薬、大麻又はあへんの慢性中毒をいう。」、「麻薬中毒者:麻薬中毒の状態にある者をいう。」と述べられている。ここでの「中毒(麻薬中毒)」という用語は法律上の用語である。医学的に「中毒」とは依存性とは関係なく、大量投与時あるいは慢性的に投与した時に現れる有害事象であり、「麻薬および向精神薬取締法」で述べられている「麻薬中毒」は、「嗜癖(addiction)」に近い概念であると考えられる。また、「がん緩和ケアガイドブック」(日本医師会監修)では「中毒(麻薬中毒)」を以下のように定義しており、これは、Portenoyらの「addiction(嗜癖)」の定義を邦訳したものである。
Portenoyら:中毒/嗜癖(addiction)
以下のような特徴をもつ心理的、行動的な症候群と定義する。
1
薬物に対する極度の欲求と、それを持続的に使用できることに関する抗し難い心配。
2
強迫的な薬物使用の証拠がある。例えば以下が挙げられる。
a
目的なく薬物を増量する。
b
明らかな副作用にもかかわらず使用量を減らさない。
c
標的とした症状の治療以外の目的で薬物を使用する。
d
症状がないときに薬物を不適切に使用する。
かつ/または
3
以下の一連の関連する行動が一つ以上みられる。
a
薬物を手に入れるために、処方する医師や医療システムを巧みに操作する(例えば、処方せんを改ざんする)。
b
他の医療機関もしくは非医療機関から薬物を手に入れる。
c
薬物を蓄えている。
d
他の薬物の不適切な治療(例えば、アルコールや鎮静薬/催眠薬を乱用する)。
 一方、WHO の統計基準に基づき分類された疾病や死因の分類である ICD-10では「嗜癖(addiction)」は「依存症候群(dependence syndrome)」という用語として、また、精神医学の領域において ICD-10とならび代表的な診断基準の一つである DSM-IVでは「物質依存(substance dependence)」という用語で定義されている。
WHO:依存症候群(dependence syndrome)
ある物質あるいはある種の物質使用が、その人にとって以前にはより大きな価値をもっていた他の行動より、はるかに優先するようになる一群の生理的、行動的、認知的現象のことである。依存症候群の中心となる特徴は、精神作用物質(医学的に処方されたものであってもなくても)、アルコールあるいはタバコを使用したいという欲望(しばしば強く、時に抵抗できない)である。ある期間物質を離脱したあとに再使用すると、非依存者よりも早くこの症候群の他の特徴が再出現することが明らかにされている。
DSM-IV:物質依存(substance dependence)
臨床的に重大な障害や苦痛を引き起こす物質の不適切な使用に伴って、以下の3つ(またはそれ以上)が、同じ12カ月の期間内のどこかで起こることによって示される。
(1)
耐性、以下のいずれかによって定義されるもの。
(a)
酩酊または希望の効果を得るために、著しく増大した量の物質を必要とする。
(b)
物質の同じ量の持続使用により、著しく効果が減弱する。
(2)
離脱、以下のいずれかによって定義されるもの。
(a)
その物質に特徴的な離脱症候群がある。
(b)
離脱症状を軽減したり回避したりするために、同じ物質(または、密接に関連した物質)を摂取する。
(3)
その物質を当初の見込みより大量に、またはより長期間使用する。
(4)
物質使用を中止、または制限しようとする持続的な欲求または努力の不成功があること。
(5)
その物質を得るために必要な活動(例:多くの医者を訪れる、長距離を運転する)、物質使用
(例:たてつづけに喫煙)、または、その作用からの回復に費やされる時間の大きいこと。
(6)
物質の使用のために重要な社会的、職業的または娯楽的活動を放棄、または減少させていること。
(7)
精神的または身体的問題が、その物質によって持続的、または反復的に起こり、悪化しているらしいことを知っているにもかかわらず、物質使用を続ける(例:コカインによって起こった抑うつを認めていながら現在もコカインを使用、または、アルコール摂取による潰瘍の悪化を認めていながら飲酒を続ける)。
 「中毒(麻薬中毒)」の定義は、学会や団体によって用語、定義がまちまちで統一されていない。本ガイドラインでは、これらのなかで最も簡潔なSavageらの「嗜癖(addiction)」の定義を、「精神依存」という一般的にわかりやすく、かつ医学的な「中毒」と区別できる表現を用いて定義した。また、「中毒(麻薬中毒)」という法律用語は医学的な急性中毒を意味する「中毒」と異なり、理解の混乱を生じさせる原因となるため使用しないこととした。
2)身体依存
義]
 突然の薬物中止、急速な投与量減少、血中濃度低下、および拮抗薬投与によりその薬物に特有な離脱症候群が生じることにより明らかにされる、身体の薬物に対する生理的順応状態である。
説] 身体依存は、オピオイドに限らず長期間薬物に曝露されることによって生じる生体の生理学的な適応状態である。身体依存が生じているかどうかは、薬物を中止した場合に、薬物に特徴的な離脱症候群が生じることで判断する。すなわち、薬物を中止した時に離脱症候がみられれば身体依存が形成されていることを示す。オピオイドの場合、下痢、鼻漏、発汗、身震いをふくむ自律神経症状と、中枢神経症状が離脱症候群として起こる。
身体依存を形成する薬物はオピオイドのみではなく、バルビツール酸、アルコールがある。さらに、ニコチンも弱い身体依存を示す。
身体依存はオピオイドの長期投与を受けるがん患者の多くで認められるが、痛みのためにオピオイドが投与されていれば生体に不利益を生じないこと、精神依存とは異なること、オピオイド以外の薬物でも生じる生理的な順応状態であることを理解する必要がある。
3)
義]
 初期に投与されていた薬物の用量で得られていた薬理学的効果が時間経過とともに減退し、同じ効果を得るためにより多くの用量が必要になる、身体の薬物に対する生理的順応状態である。
説] 耐性は、オピオイドに限らず長期間薬物に曝露されることによって生じる生体の生理学的な適応状態である。耐性が生じているかどうかは、同じ効果が得られることが見込まれるにもかかわらず、薬物を増量しても同じ効果が認められなくなることで判断する。耐性形成は薬物の薬理作用ごとに異なる。モルヒネの場合、嘔気・嘔吐、眠気などには耐性を形成するが、便秘や縮瞳には耐性を形成しない。
 オピオイドの場合、痛みの原因となっている腫瘍の増大がないにもかかわらず鎮痛効果が弱くなること、あるいは、腫瘍の増大に伴った痛みに対してオピオイドを増量してもそれに見合った鎮痛効果が得られないことで判断される。
【参考文献】
1)
Savage SR, Joranson DE, Covington EC, et al. Definitions related to the medical use of opioids: evolution towards universal agreement. J Pain Symptom Manage 2003; 26: 655-67
2)
木澤義之, 森田達也 編. 用語と解説. 日本医師会 監. 2008年度版がん緩和ケアガイドブック, 東京, 青海社, 2008, p4
3)
Portenoy RK. Chronic opioid therapy in non-malignant pain. J Pain Symptom Manage 1990; 5: S46- 62
4)
WHO. Technical Reprot Series, No.915: 2003
5)
中根允文, 岡崎裕士, 藤原妙子 訳. ICD-10: 精神及び行動の障害, 東京, 医学書院, 2003
6)
高橋三郎, 大野 裕, 染矢俊幸 訳. DSM-IV-TR: 精神疾患の分類と診断の手引き, 東京, 医学書院, 2003
2. 薬理学的基盤
 薬理学的研究は、炎症性疼痛モデル動物や神経障害性疼痛モデル動物をがん疼痛の一部を反映したモデルとみなして行われている。
1)精神依存
 基礎研究におけるオピオイドの精神依存の評価には、「条件づけ場所嗜好性試験(conditioned place preference法;CPP法)」を用いて、オピオイドにより誘発される報酬効果を定量化している。炎症性ならびに神経障害性疼痛モデルマウスにおけるモルヒネ誘発報酬効果をこのCPP法に従って精神依存を評価した研究によれば、炎症性疼痛モデル動物におけるモルヒネ誘発報酬効果はほぼ完全に抑制され、また、神経障害性疼痛モデル動物においてもモルヒネの全身投与あるいは脳室内投与によって誘発される報酬効果は全く認められないことが報告されている。さらに、最近より精度の高い精神依存の評価法である薬物の静脈内自己投与法を用い、モルヒネ、フェンタニルなどの精神依存が神経障害性疼痛モデルラットで抑制されることも報告されている。臨床経験上、がん疼痛治療においてオピオイドの精神依存が問題にならないことが知られており、動物試験において同様のことが実証され、さらに詳細な機序も明らかにされている。
 オピオイドの精神依存発現(図3)には、中脳辺縁ドパミン神経系1の活性化が重要な役割を果たしている。事実、非疼痛下では中脳辺縁ドパミン神経系の起始核である腹側被蓋野に投射しているγ-aminobutyric acid(GABA)介在神経上に多く分布しているμオピオイド受容体がモルヒネにより活性化され、抑制性GABA介在神経が抑制される。その結果、脱抑制機構により中脳辺縁ドパミン神経系は活性化され、投射先である前脳辺縁部の側坐核においてドパミン遊離が促進され、精神依存が形成される。一方、κオピオイド受容体は主に側坐核領域に高密度に分布しており、活性化されると側坐核におけるドパミン遊離を抑制するために嫌悪効果を発現する。
 慢性炎症性疼痛下におけるモルヒネの精神依存の形成抑制はμ、δ、κオピオイド受容体のそれぞれの拮抗薬のなかで、κオピオイド受容体拮抗薬の処置によってのみ消失することから、炎症性疼痛下では内因性κオピオイド神経系の亢進が起きていると考えられる。前述のとおり、モルヒネは側坐核領域でのドパミンの著明な遊離を引き起こして精神依存を誘発するが、慢性炎症性疼痛モデルラットの側坐核におけるモルヒネ誘発ドパミン遊離は、非疼痛下のラットと比較して有意な抑制が認められた。これらの知見から、慢性炎症性疼痛下では、側坐核におけるκオピオイド神経系の亢進により、モルヒネによる中脳辺縁ドパミン神経系の活性化が抑制され、モルヒネの精神依存形成が抑制されるという機序が想定されている。
 一方、神経障害性疼痛モデルにおけるモルヒネの精神依存の形成抑制には、κオピオイド神経系が部分的にしか関わっていないことが示されている。神経障害性疼痛では、腹側被蓋野に投射しているμオピオイド受容体の内因性リガンド2であるβ-エンドルフィン含有神経が活性化され、β-エンドルフィンの遊離が持続的に生じるため、抑制性GABA介在神経上に分布しているμオピオイド受容体の脱感作/ 機能低下が引き起こされると考えられる。これらの結果から、神経障害性疼痛下では中脳辺縁ドパミン神経系がモルヒネなどのオピオイドで活性化されにくくなり、精神依存の形成が抑制されると想定される(図3)。
1:中脳辺縁ドパミン神経系
神経伝達物質としてドパミンを利用するドパミン神経系の一つ。脳幹の腹側被蓋野から、脳の辺縁系に軸索終末を投射する。快の情動や薬物依存などの神経機構などに関与。
2:内因性リガンド
受容体や酵素に結合し、生物活性を引き起こす物質(リガンド)のうち、特に体内で産生された物質を指す。
2)身体依存
 炎症性疼痛モデル動物でモルヒネの身体依存を検討した研究では、炎症性疼痛下におけるモルヒネの離脱症候が非疼痛下と比較して、有意に抑制されている。さらに、炎症性疼痛下でも急激な休薬では弱い離脱症候が認められるが、モルヒネの投与量を漸減した場合、非疼痛下では弱い離脱症候を示すものの、炎症性疼痛下では全く離脱症候を示さないことが明らかにされている。
 このような炎症性疼痛下での身体依存形成抑制機構に関する検討が行われ、κオピオイド受容体の内因性リガンドであるダイノルフィンはモルヒネ依存動物における離脱症候の発現を抑制すること、さらに、κオピオイド受容体拮抗薬がモルヒネの身体依存形成を増強することが報告されている。したがって、慢性炎症性疼痛下におけるモルヒネの身体依存の形成抑制には内因性κオピオイド神経系の活性化が関与していると考えられる。
3)耐性(鎮痛耐性)
 正常動物に対するオピオイドの慢性投与により鎮痛耐性が形成されることはあまりにも有名な現象である。一方、炎症性疼痛や神経障害性疼痛マウスを用いた検討では、オピオイドの鎮痛効果は反復投与でも正常動物に比べて比較的維持されており、鎮痛耐性は弱いと考えられる。各オピオイドによる鎮痛耐性の形成程度にはある程度の差があるものの、オピオイドの過量投与では明確な鎮痛耐性を形成することから適切な鎮痛用量を選択することが重要である。
(鈴木 勉)
図3 慢性疼痛下におけるオピオイドの精神依存不形成機構 
図3 慢性疼痛下におけるオピオイドの精神依存不形成機構
【参考文献】
1)
Suzuki T, Kishimoto Y, Misawa M, et al. Role of the kappa-opioid system in the attenuation of the morphine-induced place preference under chronic pain. Life Sci 1999; 64: 1-7
2)
Narita M, Kishimoto Y, Ise Y, et al. Direct evidence for the involvement of the mesolimbic kappaopioid system in the morphine-induced rewarding effect under an inflammatory pain-like state. Neuropsychopharmacology 2005; 30: 111-8
3)
Petraschka M, Li S, Gilbert TL, et al. The absence of endogenous beta-endorphin selectively blocks phosphorylation and desensitization of mu opioid receptors following partial sciatic nerve ligation. Neuroscience 2007; 146: 795-807
4)
Martin TJ, Kim SA, Buechler NL, et al. Opioid self-administration in the nerve-injured rat. Anesthesiology 2007; 106: 312-22
3.
 精神依存、身体依存、耐性に関する臨床的に重要な点は以下のことである。
1)精神依存
 がん患者の痛みに対してオピオイドを長期間使用しても精神依存はまれである。しかし、物質依存の既往がある患者の場合、非がん疼痛に対する使用の場合を含め、精神依存を疑う行動がみられた場合には、精神医学的な評価を含めて、痛みに対するオピオイド投与の妥当性を再検討する。精神依存に関する専門的知識を有している精神科医などの専門家に相談することが望ましい。
2)身体依存
 身体依存はがん疼痛が存在し、オピオイドが継続投与される限りは問題にならない。臨床上問題となるのは、経口摂取ができなくなり経口投与していたオピオイドが内服できなくなるなど急に中断した場合、誤って投与量を極端に減量した場合、オピオイドローテーションに伴い大量のオピオイドを一度に他のオピオイドに変更した場合に、離脱症候群を生じ得る。例えば、経口モルヒネ徐放性製剤からフェンタニル貼付剤へローテーションした場合、一時的な下痢症状を呈することがあるが、これはモルヒネ身体依存に伴った離脱症候群の一つと考えられる。オピオイドの離脱症候群は、投与されていたオピオイドを少量投与することで症状は消失する。離脱症候群の発現予防として、急にオピオイドを中断せず、減量が必要な場合には徐々に減量することが必要である。
2)
 耐性は、痛みの評価を十分に行い、適切な量のオピオイドを投与していれば問題になることは少ない。予防としては、オピオイドの使用量をいたずらに増量しないようにし、痛みに応じた治療を併用する(NSAIDs、放射線治療、神経ブロック、鎮痛補助薬、非薬物的手段など)ことが重要である。増量に見合う鎮痛効果が認められない場合には、オピオイドローテーション、オピオイド以外の鎮痛手段などを検討する。
(塩川 満、葛巻直子、境 徹也、村田寛明、冨安志郎、鈴木 勉)

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