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がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2010年版)

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2章 背景知識
1 がん疼痛の分類・機序・症候群
3
痛みの臨床的症候群
 がん患者にみられる痛みは、①がんによる痛み、②がん治療による痛み、③がん・がん治療と直接関連のない痛みに分類される(表3)。「がんによる痛み」とは、がん自体が原因となって生じる痛みであり、内臓痛(膵臓がんの痛みなど)、体性痛(骨転移痛など)、神経障害性疼痛(腫瘍の浸潤によって生じる脊髄圧迫症候群や腕神経叢浸潤症候群など)が含まれる。「がん治療による痛み」とは、外科治療、化学療法、放射線治療など、がんに対する治療が原因となって生じる痛みであり、術後痛症候群、化学療法後神経障害性疼痛、放射線照射後疼痛症候群が含まれる。「がん・がん治療と直接関連のない痛み」とは、上記のいずれにも該当しない原因の痛みであり、もともと患者が有していた疾患による痛み(脊柱管狭窄症など)、新しく合併した疾患による痛み(帯状疱疹など)、あるいは、がんにより二次的に生じた痛み(廃用症候群による筋肉痛など)を含む。
 本ガイドラインでは、上記の「がんによる痛み」をがん疼痛とよび、ガイドラインの対象となる痛みを指す。
 また、がん患者に痛みを生じた場合には、腫瘍学的に緊急的対処が必要な「オンコロジーエマージェンシーに関係した痛み」の場合があるため、オンコロジーエマージェンシーの診断は臨床的に重要である。
オンコロジーエマージェンシーに関係した痛み
  • 脊髄圧迫症候群、硬膜外転移
  • 体重支持骨の骨折または切迫骨折
  • 脳転移、軟髄膜転移
  • 感染症に関係した痛み
  • 消化管の閉塞・穿孔・出血
表3 がん患者にみられる痛み
1 がんによる痛み 内臓痛
体性痛(骨転移痛、筋膜の圧迫、浸潤、炎症による痛み)
神経障害性疼痛
脊髄圧迫症候群(①)
腕神経叢浸潤症候群(②)
腰仙部神経叢浸潤症候群・悪性腸腰筋症候群(③)
2 がん治療による痛み 術後痛症候群
開胸術後疼痛症候群(④)
乳房切除後疼痛症候群(⑤)
化学療法後神経障害性疼痛(⑥)
放射線照射後疼痛症候群(⑦)
3  がん・がん治療と直接関連のない痛み もともと患者が有していた疾患による痛み(脊柱管狭窄症など)
新しく合併した疾患による痛み(帯状疱疹など)
がんにより二次的に生じた痛み(廃用症候群による筋肉痛など)
〔日本臨床腫瘍学会 編.新臨床腫瘍学,南江堂,2009、NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology, Adult cancer pain〕
1. 脊髄圧迫症候群
 腫瘍の転移や浸潤、腫瘍自体が脊髄を圧迫することによって痛みや神経学的症状・徴候(筋力低下、感覚低下、自律神経障害、反射異常)が生じる。肺がん、乳がん、腎がんに多い。
徴] 本症候群では高頻度に背部痛が先行し、その後脊髄圧迫による神経学的徴候が現れることが多い。
  • 脊髄圧迫を早期診断し、放射線治療や整形外科的治療をすることで進行性の麻痺を回避できる可能性が高くなる。
  • 椎体局所の痛みは骨膜が関連している鈍痛で、体動や咳などによって増強する。
  • 放散痛は圧迫・障害された神経根によるもので、頸椎・腰仙椎レベルでは片側性に、胸椎レベルでは両側性(胸腹部の締め付け感として経験される)にみられることが多い。
  • 頸胸椎レベルでは肩甲背部・肩に、第12 胸椎〜第1 腰椎レベルでは仙腸骨部・腸骨稜に関連痛がみられることがある。
  • 筋力低下:神経根障害(radiculopathy)は分節性、脊髄障害(myelopathy)は錐体路性に生じる。筋力低下は外科治療、放射線治療、化学療法などにより腫瘍の圧迫を除去しなければ、短期間に対麻痺になることがある。
  • 感覚異常:感覚異常の皮膚分節上縁から障害された高位を推定できる。
  • 膀胱直腸障害:一般に脊髄圧迫の遅い時期に生じる。脊髄円錐・馬尾レベルの障害では早期に生じる。
  • 反射異常:圧迫レベル以下の表在性皮膚反射の消失、深部腱反射亢進が生じる。
  • 馬尾レベルの障害では下肢の反射消失と非対称性の弛緩性筋力低下、感覚低下が生じる。
  • 脊髄円錐レベルの障害では急速進行性の対称性の会陰部痛、自律神経障害、臀部・会陰部の感覚低下と運動障害が生じる。
療]
  • 脊髄圧迫症候群が疑われる場合には緊急MRI検査を行い、責任病巣を同定する。
  • 神経障害の進行を回避するために放射線治療や外科治療の適応に関して放射線科医や整形外科医に相談する。
  • 痛みに対して非オピオイド鎮痛薬・オピオイドなどの鎮痛薬に加えて、神経障害性疼痛の合併が考えられる場合は鎮痛補助薬の併用を検討する。
2. 腕神経叢浸潤症候群
 肺尖部腫瘍が腕神経叢に浸潤することによって生じることが多い。リンパ腫、肺がん、乳がんに多い。
徴] 痛みは高頻度に認められ、神経学的異常に先行する。疼痛部位は肘、前腕中央、第4指、5指であることが多く、後に第7頸椎〜第1胸椎神経根領域のしびれ感や筋力低下が進行する。
  • 下位腕神経叢浸潤に由来した症状が多く、第5、6頸椎神経根などの上位神経叢に由来する症状はまれである。上位神経叢に由来する症状として上肢帯や指先、第1指や第2指に痛みがみられることもあるが、多くの鎖骨上・腋窩部の転移性病変では神経学的異常を伴わない。
  • ホルネル症候群は傍脊椎部への浸潤を示唆する。
療] 「Ⅲ-4-1 神経障害性疼痛」(P184 参照)に準ずる。
3. 腰仙部神経叢浸潤症候群・悪性腸腰筋症候群
 骨盤内腫瘍の腰仙部神経叢への浸潤によって両下肢の筋力低下・痛みが生じ、体動困難となる。下肢痛、下肢筋力低下、下肢浮腫、直腸腫瘤、水腎症などを合併することがある。大腸がん、婦人科がんなどに多い。
徴] 本症候群の多くの患者では、骨盤痛と両下肢痛がみられ、続いてしびれ感、感覚障害、筋力低下が進行する。ただし、痛みしかみられず神経学的異常を伴わないこともしばしばある。
  • 上部腰仙部神経叢障害は第1〜第4腰椎への腫瘍浸潤で生じ、腰仙部神経叢浸潤症候群の約3分の1を占める。主に大腸がんの直接浸潤によるものである。痛みは背部、下腹部、側腹部、腸骨稜、大腿前面〜外側に認められる。
  • 下部腰仙部神経叢障害は第4腰椎〜第1仙骨への腫瘍浸潤で生じ、腰仙部神経叢浸潤症候群の過半数を占める。直腸がん、婦人科がんなど骨盤内腫瘍による直接浸潤が原因となることが多い。疼痛部位は臀部、会陰部、大腿後面、下腿に認められる。筋力低下、感覚低下などは第5腰椎、第1仙骨領域に認められ、アキレス腱反射の減弱、下肢浮腫、膀胱直腸障害、仙骨部圧痛、下肢伸展挙上テスト(straight leg raising test)陽性などが認められる。自律神経系の異常として発汗異常、血管拡張などが認められることがある。
  • 画像上または病理学的に証明される患側腸腰筋内の悪性疾患の存在により、患側股関節の屈曲位保持(股関節伸展にて疼痛増強)、ならびに第1〜第4 腰椎の腰仙部神経叢障害を来すものとして悪性腸腰筋症候群が知られている(P210,Ⅲ-4-6 悪性腸腰筋症候群による痛みの項参照)。
療] 「Ⅲ-4-1 神経障害性疼痛」(P184 参照)に準ずる。
下肢伸展挙上テスト
仰臥位で片脚を伸展させたまま他動的に挙上するテスト。挙上角度が70度以下なら陽性。下部腰仙部神経叢障害による筋力低下・痛みで歩行などが困難となる。
4. 開胸術後疼痛症候群
 開胸手術操作(肋骨の牽引、切除)に伴う肋間神経の牽引、切離を原因とした神経障害性疼痛と考えられている。
徴]
  • 開胸術創に沿った持続する感覚異常や自律神経障害を伴った痛みを呈する。
  • 手術後少なくとも2カ月以上持続するか、または少なくとも2カ月後に出現する術創に沿った痛みと定義されている。
  • 8カ月以上持続する痛みやいったん緩和がみられた後の痛みの再燃は腫瘍再発や感染を疑う。
5. 乳房切除後疼痛症候群
 乳房手術患者における手術操作による肋間上腕神経(第1〜2胸椎の皮枝)の神経障害が主な原因と考えられている。
徴] 上腕後面、腋窩や前胸壁部などにおける、感覚低下を伴う締め付け感や灼熱感などが多い。
  • 術後痛の強さや腋窩郭清が発現率に関連する。
  • しばしば上肢運動によって痛みが増強するため、有痛性肩拘縮症となる。
  • 腋窩郭清を行わずにセンチネルリンパ節切除を行うことで同症候群を減らすことができるとの報告や、郭清を行わずに放射線治療をすることで同症候群を減らすことができるといった報告がある。
  • 術直後〜半年までに発症することが多い。年余を超えて発症するのはまれであるので胸壁などに再発がないか特に注意する。
6. 化学療法後神経障害性疼痛
 化学療法による神経障害のうち末梢神経障害に伴って生じるものであり、手袋靴下型に分布する神経障害性疼痛である。
徴]
  • 手指・足趾の持続的で灼けるような痛みや電撃痛などが多い。
  • 頻度はさまざまで、パクリタキセルやドセタキセルなどのタキサン系薬剤、オキサリプラチンやシスプラチンといった白金製剤、ビンカアルカロイドなどでみられることが多い。
  • 感覚低下、筋力低下、腱反射低下、自律神経障害などを伴うことがある。
7. 放射線照射後疼痛症候群
 放射線治療の晩期障害(組織の線維化など)により痛みが生じる。
徴]
  • 照射線量(用いられた放射線の量、1回量と総量)や治療範囲の広さにより、発現率は異なる。
  • 照射後数カ月〜年単位で発生・徐々に進行する病態である。
  • 末梢神経障害、脊髄障害など、発症部位に応じた症状が出現する。
  • 腫瘍再発との鑑別が必要である。
(北條美能留、高田正史、冨安志郎)
放射線治療の晩期障害
放射線治療後、数カ月以上経ってから現れる後遺症。頻度はごくまれだが、発症すると回復は難しい。

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