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がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2010年版)

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2章 背景知識
1 がん疼痛の分類・機序・症候群
 国際疼痛学会は「痛み」を「実際に何らかの組織損傷が起こった時、あるいは組織損傷が起こりそうな時、あるいはそのような損傷の際に表現されるような、不快な感覚体験および情動体験」と定義している。痛みは主観的な症状であり心理社会的、スピリチュアルな要素の修飾を受ける。痛みの神経学的機序(性質の分類)、パターン、原因(疼痛症候群)の診断を的確に行い、診断結果に従って速やかに適切な薬物療法および原因治療を行うことが重要である。
1
痛みの性質による分類
 痛みの神経学的分類を表1に示す。
表1 痛みの神経学的分類
侵害受容性疼痛 神経障害性疼痛
体性痛 内臓痛
障害部位 皮膚、骨、関節、筋肉、結合組織などの体性組織 食道、胃、小腸、大腸などの管腔臓器
肝臓、腎臓などの被膜をもつ固形臓器
末梢神経、脊髄神経、視床、大脳などの痛みの伝達路
痛みを起こす刺激 切る、刺す、叩くなどの機械的刺激 管腔臓器の内圧上昇
臓器被膜の急激な伸展
臓器局所および周囲組織の炎症
神経の圧迫、断裂
例骨転移局所の痛み
術後早期の創部痛
筋膜や筋骨格の炎症に伴う筋攣縮
消化管閉塞に伴う腹痛
肝臓腫瘍内出血に伴う上腹部、側腹部痛
膵臓がんに伴う上腹部、背部痛
がんの腕神経叢浸潤に伴う上肢のしびれ感を伴う痛み
脊椎転移の硬膜外浸潤、脊髄圧迫症候群に伴う背部痛
化学療法後の手・足の痛み
痛みの特徴 局在が明瞭な持続痛が体動に伴って増悪する 深く絞られるような、押されるような痛み
局在が不明瞭
障害神経支配領域のしびれ感を伴う痛み
電気が走るような痛み
随伴症状 頭蓋骨、脊椎転移では病巣から離れた場所に特徴的な関連痛を認める 嘔気・嘔吐、発汗などを伴うことがある
病巣から離れた場所に関連痛を認める
知覚低下、知覚異常、運動障害を伴う
治療における特徴 突出痛に対するレスキュー・ドーズの使用が重要 オピオイドが効きやすい 難治性で鎮痛補助薬が必要になることが多い
関連痛
病巣の周囲や病巣から離れた場所に発生する痛みを関連痛と呼ぶ。内臓のがんにおいても病巣から離れた部位に関連痛が発生する。内臓が痛み刺激を入力する脊髄レベルに同様に痛み刺激を入力する皮膚の痛覚過敏、同じ脊髄レベルに遠心路核をもつ筋肉の収縮に伴う圧痛、交感神経の興奮に伴う皮膚血流の低下や立毛筋の収縮を認める。上腹部内臓のがんで肩や背中が痛くなること、腎・尿路の異常で鼠径部が痛くなること、骨盤内の腫瘍に伴って腰痛や会陰部の痛みが出現することなどが挙げられる。
(参考)椎体症候群
骨転移、とくに脊椎の転移において、椎体症候群と呼ばれる特徴的な関連痛が発生する。頸椎の転移では後頭部や肩甲背部に、腰椎の転移では腸骨や仙腸関節に、仙骨の転移では大腿後面に痛みが見られる。機序は明らかになっていない。
1. 体性痛
義] 皮膚や骨、関節、筋肉、結合組織といった体性組織への、切る、刺すなどの機械的刺激が原因で発生する痛み。
[痛みの特徴] 骨転移の痛み、術後早期の創部痛、筋膜や筋骨格の炎症や攣縮に伴う痛みなどが挙げられる。組織への損傷あるいは損傷の可能性が原因で発生し、ほとんどの人が急性あるいは慢性に経験する痛みである。損傷部位に痛みが限局しており、圧痛を伴う。一定の強さに加えて、時に拍動性の痛みやうずくような痛みが起こる。さらに体動に随伴して痛みが増強する。骨・関節などの深部体性組織に病巣がある場合は、病巣から離れた部位に痛みを認めることがある(関連痛参照)。
[痛みの機序](図1) 体性痛はAδ線維、C線維の2種類の感覚神経で脊髄に伝えられる。伝導速度の速いAδ線維は鋭い針で刺すような局在の明瞭な痛みを、伝導速度が遅いC線維は局在の不明瞭な鈍い痛みを伝える。これらの神経の自由終末に侵害受容器が存在するが、がんが増殖すると、がん自体あるいはがんによって局所に誘導された免疫細胞、破壊された正常組織から侵害受容器を刺激する化学物質が放出される。また増大したがんが直接に侵害受容器を刺激するようになる。Aδ線維、C線維は脊髄後角に入力し、主に脊髄視床路ニューロンに痛みの情報を伝達する。この刺激が視床から大脳知覚領野に伝えられることで痛みと認識される。Aδ線維は体動などの機械的な刺激に伴う鋭い痛みの発生に、C線維はうずくような持続痛の発生に関与する。
[治療薬の選択] 通常、非オピオイド鎮痛薬・オピオイドといった鎮痛薬が有効であるが、体動時の痛みの増強に対してはレスキュー・ドーズの使用が重要である。また、骨転移痛に対するビスホスホネートや筋攣縮に対する筋弛緩作用のある薬剤など、病態に基づく鎮痛補助薬(P66,Ⅱ-4-3 鎮痛補助薬の項参照)の併用が必要な場合がある。
図1 がん疼痛の種類と痛みの伝達
図1 がん疼痛の種類と痛みの伝達
2. 内臓痛
義] 食道、胃、小腸、大腸などの管腔臓器の炎症や閉塞、肝臓や腎臓、膵臓などの炎症や腫瘍による圧迫、臓器被膜の急激な伸展が原因で発生する痛み。
[痛みの特徴] 胸部・腹部内臓へのがんの浸潤、圧迫が原因で発生する。内臓は体性組織と異なり、切る、刺すなどの刺激では痛みを起こさない。固形臓器(肝や腎など)の場合は被膜の急激な伸展、管腔臓器の場合は消化管内圧の上昇を起こすような圧迫や伸展、内腔狭窄が原因で痛みが発生する。「深く絞られるような」あるいは「押されるような」などと表現される痛みで、局在が不明瞭である。嘔気・嘔吐、発汗などの随伴症状を認める場合がある。肝臓がんで肩が痛くなるなど、病巣から離れた部位に痛みが発生することがある(関連痛参照)。
[痛みの機序](図1) 内臓の痛みもAδ線維、C線維といった末梢神経で脊髄に伝えられるが、体性組織よりも線維の数が少なく、C線維の割合が多いという特徴をもつ。また複数の脊髄レベルに分散して入力されることから、痛みが広い範囲に漠然と感じられるものと考えられる。その一方で内臓周囲に炎症が発生すると、神経の興奮閾値が低下してより興奮しやすくなる、いわゆる感作が発生する。また生理的状態では機能していないC線維(silent nociceptor)が活性化され、痛みを伝えるようになる。こうした状況下では痛みの程度も非常に強くなり、関連痛と呼ばれる病巣から離れた部位に痛みが発生する原因にもなると考えられる。
[治療薬の選択] 非オピオイド鎮痛薬・オピオイドといった鎮痛薬が有効である。
3. 神経障害性疼痛
義] 末梢、中枢神経の直接的損傷に伴って発生する痛み。
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 神経障害性疼痛の定義は国際的に定まっていない。国際疼痛学会は1994年に「末梢、中枢神経系の直接の損傷や機能障害や一過性の変化によって始まる、または起こる痛み」と定義した。しかし「機能障害」という言葉は、炎症性疼痛の二次性の神経可塑性変化や神経疾患の経過中の間接的原因で発生する筋・骨格由来の痛みも含めてしまう可能性があることから、直接的な神経損傷を伴うことを前提としたいくつかの再定義が提案された。最も新しい定義はTreedeらの「体性感覚システムに影響を及ぼすような直接損傷や疾患によって発生する痛み」であるが、本ガイドラインでは同じ内容で、より簡潔な「Textbook of Palliative Medicine」(Hodder Arnold, 2006)の定義を採用した。
[痛みの特徴] 障害された神経の支配領域にさまざまな痛みや感覚異常が発生する。通常、疼痛領域の感覚は低下しており、しばしば運動障害や自律神経系の異常(発汗異常、皮膚色調の変化)を伴う。
(1)刺激に依存しない自発痛
 「灼けるような」持続痛(灼熱痛1)や、「槍で突きぬかれるような」、「ビーンと走るような」電撃痛2が混じることが多い。
(2)刺激に誘発される痛み
 通常では痛みを感じない程度の痛み刺激に対しても痛みを感じる痛覚過敏3や、刺激に対する感受性が亢進している感覚過敏4、通常では痛みを起こさない刺激によって引き起こされる痛みであるアロディニア5が特徴的である。
(3)異常感覚
 自発的、または、誘発性に生じる痛みではない異常な感覚がみられる。不快を伴わない場合(異常感覚【不快を伴わない】、paresthesia)と、不快を伴う場合(異常感覚【不快を伴う】、dysesthesia)とがある。
1:灼熱痛
「灼けるような」痛みを指し、bur ning painと表現されることが多い。この他にも類似の表現が複数あるが、本ガイドラインでは、「灼けるような」(burning)を主に用いた。
2:電撃痛
発作的に生じる、「槍で突きぬかれるような」(lancinating pain)、「ビーンと走るような」(shooting pain)痛み。この他にも類似の表現が複数あるが、本ガイドラインでは、「槍で突きぬかれるような」(lancinating)、「ビーンと走るような」(shooting)を主に用いた。
3:痛覚過敏(hyperalgesia)
痛覚に対する感受性が亢進した状態。通常では痛みを感じない程度の痛みの刺激に対して痛みを感じること。
(参考)痛覚鈍麻(hypoalgesia)
痛覚に対する感受性が低下した状態。通常では痛みを生じる刺激に対して痛みを感じない・感じにくいこと。
4:感覚過敏(hyperesthesia)
刺激に対する感受性が亢進した状態
(参考)感覚鈍麻(hypoesthesia)
刺激に対する感受性が低下した状態
5:アロディニア(allodynia)
通常では痛みを起こさない刺激(「触る」など)によって引き起こされる痛み。異痛(症)と訳される場合があるが、本ガイドラインでは、アロディニアと表現した。
[痛みの機序](図1) 神経障害性疼痛の発生には主に末梢性感作、中枢性感作、脱抑制の3つの機序が関与している(図2)。末梢感覚神経が障害を受けると、障害局所や脊髄後根神経節にNaチャネルが過剰に発現し、自然発火を繰り返すことにより持続的に障害された神経を刺激するようになり、興奮閾値が低下する(末梢性感作)。末梢感覚神経からは脊髄神経を興奮させるグルタミン酸(Glu)が放出されるが、通常はNaの細胞内流入を起こすα-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole(AMPA) 受容体のみが活性化され、強いCa2+の細胞内流入を起こすN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体の活性化はMg2+によって遮断されている。しかし、いったん末梢性感作が形成されると、Gluに加えてサブスタンスP(SP)やニューロキニンAといったタキキニンも放出され、NMDA受容体に結合することにより受容体が活性化し、Mg2+がはずれ、脊髄神経細胞内にCa2+が流入するようになる。その結果、脊髄神経が通常より強く興奮するため、痛覚過敏やアロディニアが発生する(中枢性感作)と考えられている。さらに、内因性の下行性抑制系1の機能低下や、末梢神経障害による抑制性介在ニューロンの消失によって抑制系が機能低下(脱抑制)することも痛みを増幅する原因となる。
 神経障害性疼痛の機序が体性痛や内臓痛などと根本的に異なるのは、侵害受容器が刺激されていない状況で痛みが発生することである。したがって、侵害受容器に作用する非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の効果が期待できない。また、神経障害性疼痛においてはオピオイド受容体の機能低下が示唆されており、オピオイドの作用が減弱している可能性がある。
[治療薬の選択] 非オピオイド鎮痛薬・オピオイドといった鎮痛薬の効果が乏しいことがあるので、鎮痛補助薬2の併用を考慮する(P66,Ⅱ-4-3 鎮痛補助薬の項参照)。
【参考文献】
1)
Treede RD, Jensen TS, Campbell JN, et al. Neuropathic pain: redefinition and a grading system for clinical and research purposes. Neurology 2008; 70: 1630-5
2)
Bruera E, Higginson IJ, Ripamonti C, et al eds. Textbook of Palliative Medicine, Hodder Arnold, 2006
図2 神経障害性疼痛と中枢性感作の発生機序
図2 神経障害性疼痛と中枢性感作の発生機序
1:下行性抑制系
脳から脊髄を下行し、痛覚情報の伝達を抑制する系。脳から脊髄へ神経伝達物質のノルアドレナリンとセロトニンが放出されて抑制する。
2:鎮痛補助薬
主たる薬理作用には鎮痛作用を有しないが、鎮痛薬と併用することにより鎮痛効果を高め、特定の状況下で鎮痛効果を示す薬物(抗うつ薬、抗けいれん薬、NMDA受容体拮抗薬など)。非オピオイド鎮痛薬やオピオイドだけでは痛みを軽減できない場合に選択される。P66参照。

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